友人の病気に関する覚書
結局9月から3ヶ月悩んで書く事にした。

彼とは、学部学科や違うが大学の同期入学で、中退して出る時も同じだったと言う稀有な友人だ。私は遊びすぎて学校に行っておらず、7年間も大学にいたくせに4年時の取得単位は2だったほどの劣等生だったが、彼はなぜ卒業できなかったのか、その理由は知らなかった。彼は民青同盟に居たり、吹奏楽でピッコロを吹いたり、私の居たSFアンドmystery研究会では小説を書いたり宴会芸を披露したりとある種多芸多才なところがあり、私のようなただ何もしなくて良い学生時代を何もしないで過ごしていたのとは違っていた。きっと学業以外に熱心になってしまって卒業を逃したのだろう。そう思っていたし、それについては今でも理由を聞いたことがない。問題は中退した理由ではなく、入学と中退が同じだったという妙な相関があったということだ。

ただそれだけで私は彼のことが多少他の同期や後輩や先輩より違うと感じていた。そして折にふれて彼は今どうしているのかを考えていた。ただし本当に彼の動静を知りたければ、やろうと思えば方法はいくらでもありそうだったが、ただそう思うことで月日は過ぎていった。

ある時、私は自分の妻と妻の友人と一緒に夜のアメ横界隈を歩いていた。一緒に遊んでさあ帰ろうかという道すがらだった。偶然彼に会った。本当に驚いて夜中人気のないアメ横でガッチリ握手をして再会を喜び合った。彼はまだ長野県にいて何かの仕事をしているような話をした気がするがよく覚えていない。私にも連れがいたし彼にも居たのでそう長くは話して入れなかったが、私の奥様を紹介してまた合おうという話をして別れたと思う。しかし実際それっきりだった。だいたいその時に電話番号でも聞いておけば良いのに、電話番号はおろか住所も聞かず別れたのだから、そう安々と再会出来る筈が無い。

それからしばらくしてmixiをやることになった。元はバンドの連絡用として登録したのだが、次第に縁が増え大学のサークルの後輩達にもバレるところとなった。

mixiにはサークルのコミュが出来ていて、そこに彼の入院のトピが立っていた。驚いた事に入院は私とアメ横であった半年も前の話だった。あの時はしっかり歩いていたし全然普通に見えたので大した事はないんだろうと思った。しかし彼から長く音沙汰がなく、訝しく思い始めていた矢先に後輩が自分に来たメールをそのトピに書き込んだ。内容は携帯の機種変でmixiには入れなくなっている事と、病気が進行したためメールも打てないという話だ。前者は良いとして病期の進行??どういう事だ?あの時はピンピンしていたのだが・・・。

それからしばらく彼の事が頭の隅に引っかかっていた。病気について特に何も書かれていなかったのでどんな病気かわからない。それにも増して病気でメールが打てない・・・?

分からないという事は不安になる。分からない状態で色々考えると不安が増加する。とはいえ理由もなく彼の家に行けるほど余裕はないので、奥様の実家に行く時に寄ろうと考えた。彼が今住んでいるところが意外と近くだったのだ。そしてその時がきた。

9月に奥様の実家で法事があり丁度いい機会だったので彼に会うことにした。

行く2週間ほど前に一度電話を入れたが、留守電だった。メールも送ってみたが返事はなかった。

突然訪問することになる。意外とシャイなのでそういうのは苦手なのだが、仕方がない。

それ以外にも誤算はあった。車で行くはずだったが車が壊れてしまった。(それからおよそ3ヶ月かかって今日直って帰ってきたよ)久しぶりに新幹線で行くことになり、時間に余裕が出来たので行きに私だけ寄り道をすることにした。

当日お昼ごろに奥様と別れて新幹線から普通の鈍行に乗り換えて大体20分で駅に着いた。彼の家はその駅から直ぐの所にあるはずだ。とはいえ土地勘が無い場所を歩いているので大回りしたが、やっと彼の家の前着いた。普通の2階屋の民家だった。呼び鈴を押すと老女が玄関の戸を開けてくれた。

大学の友人で名前は・・・と告げると、老女は一旦奥の部屋に入り玄関の私にも聞こえるぐらいの声で用件を話した。中に入ってもらって良いの?というと良いよという懐かしい声が聞こえてきた。老女は戻ってくるとどうぞと中に招き入れてくれた。

玄関を上がり直ぐ横の居間を抜けると応接間らしい和室があり、そこには介護用のベットが置かれていた。その傍にラジカセが置いてあって何かCDを鳴らしている。そしてベットの脇に車椅子に座って彼がいた。

彼の様子は、最後に合った時から一変していた。
首から下は殆ど動いていなかった。足は細くなり、一見して数ヶ月歩いていない事が見て取れた。それでも首から上は例の人懐っこい笑顔をたたえた彼の顔貌はまだふっくらしており、体だけ妙に病気になってしまっているようで…異様だった。a0008523_23202118.jpg

実際彼は以前入院した時とはまた別の病に罹っていた。その病気がこの記事をあげることを躊躇した原因の一つかもしれない。筋萎縮性側索硬化症。彼にそれとなく病名を聞いた時、彼の口から出てきたその病名は私にとってかなり衝撃的だった。しかしそういう時にとぼけたふりをする知恵を年齢は与えてくれる。もしかしてスティーヴン・ホーキングと同じじゃん?というようなとぼけ方をしたような気がする。それが上手かったか不味かったかは分からない。それ以外にも昔の話や今申請をしてパソコンを買おうと思っているが申請が通るか分からないというような話をした。そしてことわって彼の手を握らせてもらった。力が抜けたその手はそれでもまだ体で意思で動かせる数少ない場所の一つなのだ。じっとり汗ばみそのせいでひんやり冷たかった。男の手をこれほどいとおしく握ったことはこれまで一度もなかった。2時間ほどそこには居たと思う。彼は疲れやすく、しかもなかなか回復しないと言っていた。あまり長居はいけないだろうと思ったが、なんやかんや言いながら、彼の居室の窓から夕焼けが赤赤と空を焼き始めるのが見えるようになるまで、結局そこにいた。また来るからと、声をかけて、またねと再会を約束して部屋を出た。

部屋を出て、彼の住まいを出て、駅に向かって歩きながら大学の頃の彼の事を思い出していた。私も年を取った。腰は痛くなり肩もうまく上がらない。老眼になって近くのものはメガネを外してみないと見えないし、白髪も大幅に増えてきた。あの頃とは違う。でも、やろうと思えばまだ北海道のツーリングは出来るだろう。芝居で役者をやったり脚立に登って照明を設置してゼラを取り替えて角度を変えたり、効果音を録音したりそれを操作したりすることも出来るだろう。酒を飲んで馬鹿話に興じ、キャンプをして夜中の流れ星を数えたりすることも出来るだろう。
しかし彼はあの頃の彼と同じ事は出来ない。彼は・・・新しい彼に変わってしまった。それは私のような老化ではない。病による進化なんだ。そう思った。そう思うしかなかった。だからまた会いに行こう、と。

その夜、奥様の実家で同期の一人にmixiメッセージを送った。彼に合った時の事を、簡単にだけれど要点は残さず書いた。もちろん病名も書いた。

送信して考える。何が彼の為になるのだろうか、と。答えは無い。
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by zukunashi | 2009-12-05 23:36 | えっ・・・


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