ドライ
毎朝目がさめると、まず隣の部屋に寝ている妻の枕元へ朝の挨拶に行く。
昔は「おはよう」だったり「いい天気だぞ」だったりとバリエーションを変えていたが、この頃はじっと妻の目を覗き込む。私より目がさめるのは早いようで、 6時に行ってもだいたいいつも目を開けている。指すような視線は私を見ずにどこか虚空を見ている。そういった様子を見てから、彼女のほっぺたを軽く手の平でなでる。すべすべした丸い感触が元気な頃と変わらないことを確認する。そして枕元にある介護士の夜の連絡帳を開いて、夜のあいだ何も変わりが無かったことを確認する。
私は妻の額を右手でつるんとなでて、「おはよう」とやっと挨拶をする。これが先月あたりからの私の日課だ。

妻は私が食事をしているときも、昼間はずっと目を開けている。私が会社に行かなくてよくなり、彼女とずっと一緒に家にいるようになって、妻の顔を見ることが多くなったが、彼女は私の顔をめったに見ない。だいたいいつも上を見ている。
その妻のベッドはリビングにある。私は暇になるとこの頃はテレビをつける。テレビが大きな音で映画やお笑いをやっているので、彼女にも音は聞こえていると思うが、テレビを見ようとする事は無い。去年の冬に倒れてすぐの頃は、テレビを着けると顔をそちらに向けたりしていた。玄関で呼び鈴が押されると、その音に反応して、体をもそもそさせていた。
私や、妻の兄弟がその姿を見て、「お客さんがくるから身支度を整えようとしているんじゃない?」などと言っていたが、近頃は呼び鈴の音にも全然反応しなくなってしまった。夜来てくれる介護士の連絡ノートには、以前もぞもぞ動こうとしていた、ということが書いてあったが、近頃はそういう事も書かれなくなった。

夕食介護の介護士さんが帰ると、また我が家は静まり返ってしまう。私が起きていられるときは私が体位交換をするが、夜12時を過ぎると2時間おきに体位交換の為に介護士さんが来てくれる。そのあいだ私は寝ていられる。以前はコトリと音がすると起きてしまい、介護士さんが来る2時間ごとに目がさめていたが、このごろは目をさまさなくなった。

時折妻と一緒にお昼ご飯を食べるようにしている。ちょっと時間に余裕があるときには私も自分のご飯をリビングに並べて、妻のご飯を食べさせながら、自分のご飯を口に運び、そしてまた食べさせる。そんなときでも彼女はずっと天井を見上げている。ふと思い立って私も妻の後ろに回って、彼女の視線の先を探してみることにした。私たちの住まいはそんなに大きな住まいではない。天井は低く、クリーム色の壁紙が張られている。顔の向いている位置を見ると天井の隅の方になる。肩越しに妻の顔を見つつ、その見ている先を見つける作業に5~6分没頭する。で、見ていたのはどうやら天井裏を調べる小さな戸口らしい。少しベッドを回転させたが、ちゃんとそこに顔を向けている。
見ている先が分かったので、戻ってご飯を食べることにした。しかし、あそこには何も楽しいものは無い。開ければたぶん埃と蜘蛛の巣と、ねずみやゴキブリもいるかもしれない。モノを置けるようなつくりではないので、本当に何も無い。

そして季節は冬を越え春へ。

家の周りには芽吹いた草木が日一日と色を増している。花の香りが好きだった妻は家を買うとき回りに木蓮の木を植えた。毎年春になるといい匂いをさせている。瓶詰めにしていつも嗅いでいたいなぁと言ったら、出来ることならね、と相槌を打ってきた事を覚えている。今はその匂いを嗅ぐと華やいでいた昔の記憶を思い出すだけで、悲しくは無いが、ウキウキもしない。過去は今のこの生活に比べれば、何の魅力も無い。二人っきりの生活がこんなに速くやってくると思いもしなかったけれど、意外と穏やかでそこそこ飽きない。

春になりこの生活も半年を超え、以前にも増して彼女は天井にこだわっている様だ。以前はそれでも首をこちらに向けさせると暫くはこっちを向いていてくれたが、このごろは力ずくでも言う事を聞かない。服を着替えるときもご飯を食べるときもずっと上を向いたままである。筋肉が硬直しているのかとも思ったが、寝台をぐるりと回すと首の角度も変わり、見ているところだけが変わらない。
あの天井に何かあるのではないだろうか、とさすがに私も考えた。それがもしかして、私以外の恋人や彼女のプライバシーの問題にかかわるものだったらどうしようか?彼女があれほどこだわることだから、きっと何か非常に重大な事なのではないか?

私は来週、仕事の関係でどうしても出張しなければならない。そのためショートステイを頼んでいる。2泊3日の妻の外泊だ。出発は私が出張に行ってから私の弟の奥さんに付き添ってもらうようにしているが、妻の帰宅は私が出張から帰ってきて2時間ほど後になるはずだ。
私はその日にあの天井を調べてみる事に決めた。

私は出張から時間通りに家に帰ってこれた。
数々の幸運を神に感謝しつつ、私は上着を脱いだだけでガレージから脚立を居間まで慎重に持ってきた。天井の隅にある小さな戸の下におくと、脚立に上り鍵代わりのフックをはずす。戸は下に向かって開くから、ほこりやモノを落とさないようにゆっくり開けていった。
途端に私の周りが干草のような匂いが漂ってきた。そしてとが開くと2,3枚の枯れ葉がひらひらとリビングの床に舞って落ちた。果たして私の肩が入らないぐらいの狭い戸口に頭を突っ込んで見上げると、天井から沢山の枯れた草が下がっている。片手だけなら入るので手近な一束に触れてみる。ボロッと落ちてきたのを明るいところでよく見ると、真っ黒いバラの花であった。まだかすかにバラの香りが残っていた。ライトを照らしてよく見てみるといろいろな花や草が上から下がっていたり、天井裏の床の上においてある。さっき手を触れた束には「200*/6」と書いてある紙が付いていた。私はその紙を裏返した。「結婚記念日、おめでとう」去年の結婚記念日に渡したバラだった。
私は紙を手に取り脚立を降りてきた。戸はちゃんと閉じた。

帰ってきた妻にはこの黒いバラを見せてあげよう。彼女は驚くだろうか、喜ぶだろうか、悲しむだろうか・・・私にはわからない。驚いたら私は喜び、喜んだら一緒に喜び、悲しんだら慰めてあげよう。そして秘密を暴いてしまった事を謝らなければいけないなぁ、と少しウキウキして居間のソファに座っていた。黒いバラには新しいカードを添えた。「これからもよろしく」





▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼【恋愛物語】▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

      創作で恋愛物語を書いて秋を満喫しましょう♪
      というトラバ(妄想)企画です。
      ルールは『創作であること』
            『恋愛ものであること』だけです。
      期限は10月31日まで

      トラバ先:http://zoobee.exblog.jp/tb/3551390

      ※どなたでも参加いただけるようにこのテンプレ
       を文末にコピペしてください。

       企画元:移動動物園 http://zoobee.exblog.jp/
▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△
(追記)ちょっとタイプミスをしていたので訂正。 関心だら→悲しんだら(2005/10/17 1:45)
[PR]
by zukunashi | 2005-10-16 23:08 | トラバボケ関係 | Comments(3)
Commented by nande27 at 2005-10-17 01:33
ふー。読みました。酔っぱらいなのに。
ドキドキしましたよ。先にテンプレおいてよー。
Commented by zoo659 at 2005-10-17 09:23
素敵!素敵!素敵妄想!
一気に読んで余韻に浸ってました。
木蓮の香りを瓶詰めにしたいって気持ちはよくわかります。
totoxさんの「ごめんね」のメッセージの記事を見たばっかりだったのでジーンってなりました。
ご参加ありがとうございます。
Commented by zukunashi at 2005-10-18 21:38
ナンデさん:
テンプレ隠してごめんなさい。ドキドキしたとは嬉しい感想です。どうもありがとうございます。

るかさん:
読んでいただきありがとうございます。<(_ _)>
これぐらいしか私には取り柄が無いですから。


<< 一年間の期限付き アンチウィル... やったー出来た!!!!!!!!!!! >>