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故郷喪失者にとって…こう考える事自体不思議
故郷喪失者などとよく分けの分からない単語で煙に巻く気はないですが、ちょっとチリッと右顎の下あたりが痛くなったので書き残しておきます。

ガレキ拡散問題に関する今日の僕の意見|三宅洋平 (仮)ALBATRUS オフィシャルブログ「三宅日記」Powered by Ameba

瓦礫ですね。いや、仕方がない問題ですがあれだけの地震、津波ですから、大量に瓦礫が出てしまうのは不思議ではありません。阪神・淡路大震災のときも、大都市圏であるが故でもありますが、近隣の県で瓦礫処理を手伝ったそうです。

瓦礫に放射性物質が付いているからそれを燃やすと危ないという意見と、宮城県石巻の瓦礫は福島第一原子力発電所から100kmほど離れており、早川由紀夫の火山ブログ 放射能汚染地図(四訂版)などを参考にしても、大量の放射性物質がそこに降下して付着しているとは考えにくいと言う意見もあります。(付着量が少ないから安全とは思わないですが、どんな微量でも認めないと言う事ではないという意見)

実は今回のこの記事は、瓦礫云々の話ではありません。瓦礫については私も思うところはありますが、それをとやかく言うには安全すぎる自分の立ち位置なので、今回はそれに対してではありません。

では何について書くのか?

『三宅洋平 (仮)ALBATRUS オフィシャルブログ「三宅日記」』より一文を引用しようと思います。
気持ちは、解る。よーーーーーーーーーーーっく、解る。
俺も本籍は山形県なので、東北人でもある。
えっ?!なんでココ??と思った貴方!貴女!そして貴男 m9( ̄ー ̄)!
私の周りから見ても、貴方がたの意見のほうが大多数で普通に認知されている意見だと思いますが、敢えて疑問を呈します。と言うか、本籍なんて勝手に移せるんだからコレを以て◯△□人であるというのは、住所移転しているけど、住んでないから落選と言われた某被選挙人と同じ理屈のようにも感じます。本籍ではやっぱNGだろう(笑)
普通は生まれ、育ったのが北海道だから道産子とか、沖縄だからウチナンチューは当たり前でしょうね。
では小学校から高校まで居た、とか東京の病院で生まれたから、とかハテは母親の実家がその街だから、ナンテいうのもありですかね?私の考えでは
「ソレはないだろう」
と思っています。
でも、なんかその土地との地縁を得たいが為に、上記のような理由にかこつけて『私は(俺は)◯×△人だ!』と言いたがるむきの方は結構いらっしゃいます。

で、私ですが、よく人から「貴方のふるさとは」なんて言われた場合、こんなふうに言っています。その場その場で変えていますけども。
「生まれたのは東京の福生ですが、育ったのは横浜だったり金沢だったり東京だったり名古屋だったりします。大学で8年信州にいて、その間毎年夏には北海道に行っていたので心の故郷は信州や北海道(中標津)だったりします。そして今は東京に住んでいて生涯で一番長く住んでいる街になりました。ちなみに実家らしきところは愛知県です。」
私は信州人でもなく、道産子でもなく、生まれた時からずっと本籍のある九州人でもなく、江戸っ子でもなく浜っ子でもなく金沢人や名古屋人でもありません。ちなみに本籍は戸籍取得が面倒なので、結婚を機に東京に移しました。

でも・・・

大学で8年信州にいて、信州、松本に住人の考え方、誇り、そして問題に触れ、北海道に行くと牛乳を貰いに行く酪農家や漁師さんなどとふれあいその考え方を学び、私が育ったそれぞれの土地では方言や自分の周りの大人から様々な事を経験しそれを糧にしてきたと思います。

私は自分が信州人でもなく、道産子でもなく、九州人でも江戸っ子でも浜っ子でも金沢人でも名古屋人でも無いです。
ですが、だからといってそれらの方々の思いがわからない訳じゃありません。逆にそこに住んでいないのにそこが理解できると言う程思い上がってもいません。中途半端ですが、中途半端なりに分かる事もあります。

だから敢えて言います。本籍があっても東北人じゃないよ。共感を得る為とは言え、その言葉『俺も本籍は山形県なので、東北人でもある。』は軽薄じゃないでしょうかね?

最後に本当にちょっとだけ瓦礫について書いておきます。宮城県の瓦礫は当初より減ってきたそうです。当初の見積より解体すべき家屋が少なかったことや津波による流出が多かった事等によると考えられるそうです。それについては宮城県の震災廃棄物対策課の災害廃棄物処理対象量(県受託処理分)の見直しについてをご確認頂ければと思います。瓦礫処理予算と政治家の話や『有用物は、放射能汚染を度外視して、既に多くの業者などが持って行ってしまったのか?』という憶測、『現地では率直なところガレキの利権を地元に置きたいという意見も多い。』という話は小説のネタにはなりますが、論理的でも科学的でもありませんね。感情的には分かりますが。
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by zukunashi | 2012-05-25 11:19 | 小ネタ | Comments(0)
対角線に浮かぶソネット ユーキース・エンタテインメントプロデュース公演
【満員御礼】ありがとうございました。 『対角線に浮かぶソネット』 | ユーキース・エンタテインメント [演劇公演紹介] ★CoRich 舞台芸術!
http://stage.corich.jp/trackback/27184

えーまたもや芝居、演劇のお話です。

正直に申しますと、ザ・シェルターと寿歌のブログがかけなかった為に、こちらも延び延びになっていたわけです。と云う訳で4月に見てきました公演の感想なぞ書かせていただきたいと思います。

ところで、覚えていらっしゃる方がおられましたら、私のブログを遡って頂ければいいのですが、そんな暇人いないでしょうから、先に書いてしまいます。この芝居は4年前にもやっていて、それを見に行っています。理由は知り合いが出ているから。で、今回も出ているので見に行きました。
廃園の秋 : 芝居見てきました・・・「対角線に浮かぶソネット」
前回はこちらです。

で、今回はと言えば・・・もう公演も終わりましたので正直に書きます。

出口なしという状態で皆がどうなっていくか?細菌がバラ撒かれそれによって人が簡単に死んでしまう。どうすれば罹らないか、どうすれば生き抜けるか?!という状況でのお話です。
だからかもしれませんが、セリフの中にふんだんに『希望』と言う言葉が入ります。希望を持つことが如何に素晴らしいかを謳い上げようとします。『希望』のキーワードとして子供の時の遭難騒ぎが出てきます。主人公とその友人達はしつこいぐらいその話をします。
それだけ何回も、時には説明的に、時には情感たっぷりに語られるのですが、全然リアルじゃない。遭難騒ぎもよくわからないし、それによって紡ぎ出されるはずの希望も、TVゲームの中の主人公の話す『希望』より薄っぺらい。そう、ただ『希望』を持とうと連呼するだけなんです。あの時も大丈夫だった、だから『希望』を持とう、と。
まるで聞きたくもないのに、覚えこませるためだけに連呼する、選挙の時のウグイス嬢にも似た感じです。この白々しさを感じさせるのが、この芝居の目的なのかと勘ぐってしまいます。

役者さんはちゃんと芝居をしていたでしょう。多分、キット。
『イラッシャイマセ』と言えば罹らないから、新興宗教よろしく皆で唱和し始める下りや、ワクチンを持って来た人をなじる所、たった1人自死するところなど、見所はチョクチョクありました。しかし、全体を通して語られた『希望』というキーワードはそれらを帳消しにしてしまいました。

何故こうなったのか、それは外部からではわからないでしょう。
ただ観客として率直に申せば、演劇舐めんなよ、と。芝居の内側にいたこともあるので分かりますが、3500円という前売り券はノルマがあったことでしょう。売らないと持ち出しが増えるだけで経済的には厳しいのは分かりますが、ならばなお一層、芝居をみがきあげて、演出も、脚本も磨きあげた素晴らしいものを見せて下さい。もしこれが全力の脚本、演出なのだとしたら・・・私が言うべきではありません、ご本人は分かっている事でしょう。

補足すると、音楽、SEは気になりませんでした。装置はオーソドックス、ライティングも可もなく不可もなくです。
そして今回も感じたのですが、題名と芝居の関連が全くわかりません。開幕と同時に語られる独白に何がしかの意味があったとしても、途中で幻想的な場面があったとしても、なぜ対角線でなぜソネットなのか、結局分かりませんでした。

何か足りないのでしょう。でもそれは私?それとも芝居の方?
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by zukunashi | 2012-05-15 14:03 | 映画・演劇・音楽 | Comments(1)
ザ・シェルター と 寿歌 加藤健一事務所
 芝居に関わることになったのは、先に大学生になっていた姉の影響で、大学1年生の春休み・・・だから、2年生になる直前だったかな?・・・姉の手伝っていた劇団・・・高校演劇部のOBOGの劇団。ちなみに私の母校ではない・・・を手伝ったのが最初です。それまで特に芝居や演劇、舞台にはそんなに興味はありません。しかし、やってみると裏方も結構楽しい。そこの劇団は年1で春休みに公演していたので3回だから、3年ぐらい、手伝っていました。しかし、自分の大学ではSF&Mystery研究会などという同人サークルに入っていて、尚且つ毎夏北海道にバイクツーリングに行って・・・当然のごとく落第、中退となったのですが、それは又いつか書くことでしょう。

 お芝居はその後も手伝ったり、ちょっと役者をやったりとなんかのめり込む直前で足踏みしているような状態のまま、現在に至るのです。今や芝居を見ることばかりで、自分で演ったりする事はもうないです。

 ところで、初めて芝居に触れた頃、姉の本を借りて読んだ中に、北村想という劇作家の本がありました。当時一世を風靡した人の本とも知らずに読んだのですが、とても面白くて一体何でこんなハチャメチャなことを考えられるんだろう、どうしたらこういう思考が出来るんだろう。当時小説なぞ書いていた私は、研究の為に何冊か彼の本を買ってそしてハマったのでした。今でも間違いなく一番影響を受けた劇作家です。

 そんな私にとっては北村想は重要な人ですが、同時に遠い遠い方でした。彼の脚本とかエッセイとか小説は買ったり、借りたりして読みました。北村想の劇襲とか、十一人の少年とか、オウジとか。芝居をビデオで何回か見たことはあります。しかし当時の大学が彼の居る名古屋にも、そして東京にも等間隔で近くない場所にあり、かつ当時の私にとっては芝居を見に行くのがあまり好きじゃなかった(金も無かった)事も相まって、北村想の芝居は一度も見ていませんでした。
実はここまでが前置きです。
 そして今回はじめて北村想の芝居を生で見ました。なのに今回代表作の『ザ・シェルター』と『寿歌』を観て、どんな感想を書けばいいのか、全く分かりませんでした。面白かったし、演技も素晴らしい、演出も卒がない、舞台もわかりやすく、装置音楽大道具小道具衣装・・・すべて良かった・・・?本当だろうか?自分の中で想像して熟成して祭りあげてしまったのか?

 ところで加藤健一事務所のザ・シェルター と 寿歌の公演は千秋楽の幕が下りてから既に2ヶ月が経っています。その間何をしていたかというと、このお芝居についてどう書こうか、それをずっと考えていた気がします。何回も頭の中で牛の胃のように芝居のシーンを反芻してみます。面白い、うん、間違いない・・・でもなぜかハテナ?が付いてきます。何故だろう?結論が出たわけじゃないですが、ずっと貯めておいても何も起きないので、一旦書いてみます。
多分違和感の一番大きなものは…今東日本大震災があり、福島第一原子力発電所が、核災害を起こしている現在だからだと思います。1980年代、このお芝居が書かれた当時は冷戦という時代。核が戦争や紛争という所で…日本ではないどこかで使われるかもしれないというちょっと他人事な感じで、あまりリアルじゃない状況だった時の話です。
1990年頃に両方の台本を読んでいた時、シェルターのホノボノとした終わり方になぜか憤り、救いの無い寿歌に強い共感を感じたのは、自分が当事者じゃなく、テレビで湾岸戦争を見ていたのと同じようにこの台本を読んでいたからでしょう。
そして今寿歌がなんとリアルに感じられることか。当事者であり、傍観者でもあり、加害者の側の場合もあれば被害者の場合もある。しかし生きることで十分。生きて前に進む。ただそれだけの話がカッコイイ。
1990年の若いzukunashiは”救いがない”という事をカッコイイと感じたんですが、2012年のzukunashiは何かにすごく感銘を受けています。何がカッコイイのか?全然分かりませんが、生きていればいつかわかるんじゃないでしょうか。
とまあ、結論がありません。何がカッコイイのかわからないけど、カッコイイなあと思っています。
 寿歌ばかり持ち上げていますが、『ザ・シェルター』の致命的なエラー(コンピュータの誤作動)にも関わらず呑気な雰囲気で進む生活に救われてしまう家族を、いいなぁと感じる人達がもっと増えると、いいなぁ。

 と言う事でこの稿を締めくくらせて頂きます。
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by zukunashi | 2012-05-11 14:19 | 映画・演劇・音楽 | Comments(0)