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twitterの140文字で伝え切れない所はどうするの?
a0008523_1051403.jpg菊池先生のコレを見て早川先生の反応が次
a0008523_1054346.jpg(゚Д゚)ハァ?
これって何を意味するかと考えると…
『私(早川先生)なら別に電気がなくても死なないよ』と言っているふうにしか思えないんですが?
a0008523_1058633.jpgその後、こう仰っている人に対して門前払い(´Д`)ハァ…
a0008523_1134454.jpg上のツイートが医者だったからこんな事も仰ってます。
a0008523_1175764.jpgまあそんな事を菊池先生はおっしゃってませんが、早川先生の言に沿って考えると、こうなるよなぁ。でも違うんだそうです。
a0008523_11115967.jpgで、ある人がこう仰っています。コレに対して早川先生は…
a0008523_11144597.jpg菊池先生のこのツイートを引用した上で…
a0008523_11163374.jpg左記のように反論されました。
a0008523_11184527.jpg上の文中にある「これです」は左記のツイートです。前後も引用したほうがいいですよね。(注意:下から上に読んで下さい。)
前後も読めば予防原則を知ってて尊重しない脱原発運動を菊池先生は批判している、という意味合いになりますね。
電気がない=人が死ぬ と思わせる書き方を早川先生は批判しているのかもしれません。
上の一連のツイートは早川先生のタイムラインのみから引用しています。一番最後だけ菊池先生のタイムラインです。
さて一番上の菊池先生のツイートに対する二番目の早川先生のツイートを読めば、キャンプや登山をしたことがある人の経験談という笑い話ですみます。その後早川先生が切って捨てたお二方は、両方とも私と同じ考えだったでしょう。そして御二方の仰っている事は全然おかしい話ではありません。
a0008523_1134596.jpg早川先生なりに、自分が取り上げたことに対する結論はこちら。(注意:下から上に読んで下さい。)
まあ確かに一般論として人間の生活に電気は必須のものではありません。電気が無いことに依って直ぐ人は死ぬわけではないですが、菊池先生のツーイトにもありますが、経済活動の停滞や間接的な原因で人命が危機にさらされる事も事実ですね。という事を菊池先生は後のツイートで補足していますが。

そう考えると言葉足らずだった菊池先生のツイートに対して、もっと言葉足らずに批判した早川先生のやり方もあまり褒められたものではないでしょう。後で早川先生も書いていますがa0008523_1221856.jpg
と書いている事と
a0008523_1054346.jpgコレの関連が不明すぎます。
こんな事今更言うことでもないんですが、山(または海でも川でもいいけど)でキャンプは社会生活ではありません。社会から離れてリラックスするためのものです。まあ時たまもっと疲れちゃったりしますけどね。
だからキャンプで誰も死なないのは、チョットしかいない、何かあったらすぐ連絡できる社会がそばにある、そしてなにより死にそうな人は行かないからです。
『きくまこさんは、山でキャンプして自炊した経験がないようだ。電気がなくてもひとは死なない。』これだけで自分の考えを相手にちゃんと伝えようとするのは、送り手の傲慢なのではないですか?
もう一言付け加えるなら、菊池先生は脱原発はするなと仰ってないですね。a0008523_11184527.jpgここの一番下の発言を読めばお分かりの通り、脱原発を止めるとかではなく、電気が足りるのかどうかちゃんと評価しましょう。足りているという事だけを喧伝する為に、予防原則を無視して話をすすめるってずるくないか?と言っている訳ですね。


何がどうなったら予防原則の話がキャンプに化けるのかわかりませんが、それでも地球が回っています。
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by zukunashi | 2011-09-30 23:59 | 事件・事故
演劇集団ふれる~じゅ 20周年記念本公演『Triangle』
うちの奥様に連れられて、またまた久しぶりに芝居を見に行きました。

この間は浅草でしたが、今回はさほど遠くない両国です。両国には有名な劇場『シアターΧ(カイ)』があります。そこに行きました。

劇団はこのごろ奥様ご贔屓の演劇集団ふれる~じゅ。今回は年下の友達で、やっぱり芝居をやっている女の子も連れて、3人で観劇でした。

今回のお芝居はシアターΧの公演案内を御覧下さい。
シアターΧ公演案内より演劇集団ふれる~じゅ
『TryAngle-トライアングル-』


見てのとおりです。既に公演は終わってしまっています。という事で多少ネタバレを含みながら公演の感想などを書き綴りたいと思います。

1幕もので舞台には手前に喫茶店のような椅子と机が2組、下手側奥には白い壁に囲まれたベットがあり、上手手前には喫茶店やバーのような、カウンターと厨房がある。上手野奥は目隠しされていて、そこから人が出入りできるようになっていた。

話の中では今の話と昔の思い出が入れ代わり立ち代わり出てくる。故郷を捨てて都会に出て、何かを成し遂げようとした主人公が、どこかのお話のように成功して故郷に戻るなんてことはなく、忸怩たる思いを抱いたまま生きている。切っ掛けを得て故郷に帰る。そこで昔の仲間が集まって歓迎、諍い、和解、そして大団円・・・。

こう書くとちょっとクサイ話に感じますね。で、実際観た第一印象はやはり「ちょっとクサイ話だなぁ」というものでした。チョット青春を引き摺った大人たちの何年振の同窓会的なノリです。
その中でも不満に思ったのは、2つあります。
諍いの元でもあり、主人公が帰る切っ掛けにもなった、幼なじみの病。
そして、主人公の元カノ役の演技です。

一つ目の『幼なじみの病。』は非常に重要なエピソードで、彼が倒れてすぐに主人公が帰ってこなかった事が、諍いの原因になっているのですが、どんな事があって何が元で、そして今はどうなのか、ほとんど明かされませんでした。強い薬を使って体は回復しているが、何故か意識が回復しない。という程度のことしかわかりません。事故による怪我なのか、病気なのか、深刻でもしかしたら死ぬのか、そうじゃなくただ意識が回復しないだけなのか。舞台を見ているだけではそれもよくわかりませんでした。
元カノが「遅いじゃないのよ!!」と泣きながら主人公の胸を叩くとかそんなステレオタイプの芝居を欲しているわけではありませんが、分からなくて気持ち悪い、あそこで寝ている人は死体なのか生者なのか、なんか宙ぶらりんな感じでした。

二つ目は元カノ役の演技についてですが、この女優さんは外部からの客演がおおい演劇集団ふれる~じゅのなかでも、多分今回が初めての人です。鵜飼真帆さんという方です。ブログ経歴を見ると映画主演もしていますし、いろいろな舞台も踏んでらっしゃいます。経験はあるのでしょう。しかしどうもあの劇場の中で一人だけ光を浴びていない気がしました。長い髪で、内気でうつむき加減の演技が多かったから、顔が真っ黒になってしまったからかもしれません。内気なのでわざと間を外したように吃ったりするせいかもしれません。
どうも違和感が拭えません。なにかチョット話の中から体1/4ぐらいはみ出してしまっているような、ズーッとそんな感じでした。

気になることを除けば楽しめたかといえば、最後まで芝居にハマることが出来ませんでした。最初のボタンの掛け違いが最期まで響いたように、感情を揺り動かされる何かがなく、閃くような素晴らしい瞬間にも出会うことが出来ませんでした。

近頃芝居もとんとお見限りなのでこちらも鈍ってきているのでしょう。

またリハビリがてら幾つかお芝居を見に行きたいのですが、どこか無料でチケットを頂けないでしょうかね(笑)

次回に期待します。演劇集団ふれる~じゅの役者さんは個性的で面白い人が多いので、期待は出来ます。
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by zukunashi | 2011-09-16 17:04 | 映画・演劇・音楽