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何周り目かの人生
久しぶりに元ネタ無しのブログ更新です。

久しぶりだなぁ、と想うことって有りませんか?ときたま
「あ、個々の店最後に来たのって去年じゃない?」
とか
「そうそう、旅行って一昨年の冬以来だねぇ。」
みたいに何時もやっていることと違う何かをすると、ああそういえば・・・って記憶を呼び出します。

つい先日ツイッターではあげていたんですが、女性の友達のイラストレーターさんの個展を見に行ってきました。『さよなら迷路』というタイトルの個展は、昔何回か見た彼女のイラストから、結構変わってて、楽しく新鮮に見て回りました。そんなイラストを見ていると以前来たのはいつ頃だったっけ、とかあの時エキブロの△◇サンに会ったなぁとか懐かしく思い出します。

当然私がしばらく見ない間にも、彼女はたくさん絵を描いて、個展やグループ展や色々な展覧会に出品されていたのでしょう。(送られてきている郵便物はちゃんと目を通してます。ただ忘れてしまうだけです。)その間の変化を知らずに、何年かぶりに見た彼女の絵が変わっている事に驚くのは、発掘した化石に驚く古生物学者?それともガラパゴスの独特の鳥達に驚くダーウィンの心境でしょうか。ま、ちょっと大げさ過ぎますが、私の中ではそんなふうに思っていたのでした。

しばらくおしゃべりして画廊を出たのはそろそろ夕方になろうかという頃。まだ明るいしもう少しゆっくりして家に帰ろうとスマホを取り出すと、奥様からLINEがホンの数分前に来ていた。

  奥様 「早く帰れそうだから友達とご飯食べて帰る」(だいたいこんな感じ)
ずくなし 「え、今友達の個展見た帰りだから表参道だよ」(だいたいこんな感じ)

ということで、奥様の友達と3人で夕飯を食べることに。

奥様自慢ではあるんですが、うちの奥様はとにかく手が早い。いや、仕事が速いんじゃなくて友だちをつくるのが上手いということです。え、全然意味が違う?いや普通【手が早い】って男が女に言い寄る時に使われますが、うちの奥様と奥様の友達を見ていると、だいたい奥様の趣味趣向を高く評価しているんです。美味しいご飯が大好きという。作るんじゃなくて美味しいご飯の店を沢山知っているんです。いい店知っている先輩みたいな感じですね。ですから今回も安心して美味しいご飯に連れて行って頂きました。

そこはアボカド料理のお店だったんですが、普通の食べ方から焼いたり煮たり、カクテルもアボカドが入っていたりと女性向きといえば向き。でしかも量もあるので帰るときは丸々と太らされた感じでした。

お酒も入って眠くなりお腹もいっぱいで眠気に拍車がかかり、帰りの電車ではうつらうつらし、時には船を漕いで久々に夜の地下鉄にノリました。あの電車特有の上下動に揺さぶられながら、奥様とこんな風にご飯食べて帰るのはどれ位ぶりかなぁ…。
昔は給料日に渋谷あたりで外食してお酒呑んでいたんですが、私の仕事の関係や奥様の休みの日の問題なんかもあってずいぶん長い間してなかったようです。

何年かぶりに友達の個展を見に行って、何年かぶりに仕事帰りにご飯食べて、前の嬉しい体験がまた出来たことが嬉しくて、楽しくて、ああなかなか捨てたもんじゃないなぁ人生、と振り返ってみてしまいました。

今度は何年後にこんなことを思うんでしょうね。
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by zukunashi | 2015-06-18 11:05 |
雨の日に思い出す・・・
台風が近づいているので何もできない休日を過ごすズクナシです。

九州や中国・四国地方の方大変だと思います。命を大切に冷静に行動して下さいね。

雨が降ると憂鬱、とか外で遊べないからきらい、とか洗濯物が乾かない、とか色々嫌なことがありますが、私は雨を見ているのが大好きです。ついでに言えば雪が降るのを見ているのも大好きです。ぼーっと過ごすのはあまり得意じゃないんですが、雨、雪、雷なんかやスイッチを入れるずーっと動き続ける玩具とかを見ているのは苦になりません。大きくなってもオモチャ売り場でずーっと見てたりしましたね。

大粒で地面に落ちると跳ね返ってくるような激しい夏の夕立や、細かい霧のような雨粒が傘を差していてもじっとりと体に張り付いてくるような粉糠雨、朝から薄暗くずっと灰色の空から降り続くような梅雨、冷たい風が吹き抜けたかと思うと空があっという間に夜のような真っ黒な雲に覆われて降り始める、そんな色々な雨がそれぞれ大好きです。まあ服がべったり濡れるのは好きじゃないです。

色々な雨がありますが、梅雨時の朝から降っている雨はテンションも下がり気味になって嫌がられる雨のベスト3に入ってくるとは思いますが、私にとっては結構好きなシチュエーションです。まあ休みの日限定ですが。

こんな日は雨を肴に一杯・・・そんな気分になります。

今からだいたい・・・ン年前、まだ私が大学生だった時です。信州、松本市は梅雨時結構肌寒く家から出るのが億劫になります。その日も朝から雲が空を覆い尽くし、まあ何時雨が降り始めてもおかしくない、そんな日でした。
大学も留年を繰り返し、6年目ぐらいだったと思います。親の脛をかじって・・・月6万の仕送りと学費が年20万という時代でした・・・バイトとバイクとバンドというバが付くものしかしていなかった。
そんな天気は今までもあったはずですが、その日はなにか閃くものがありました。
「雨見酒しよう」
早速酒と肴を買いに行き・・・酒はビールと日本酒、肴は空豆、枝豆、豆腐ぐらい・・・2階に上がりさっさと酒宴を始めたのでした。

その当時住んでいた部屋は松本市の中心部から南に外れ女鳥羽川の少し南、筑摩神社のすぐ傍でした。元々蚕室・・・お蚕の家・・・を改造した借家で横長で2階建ての蚕室を3つにぶった斬って上下6畳2間の長屋のような家でした。だから留年大学生には贅沢すぎる2階がある借家だったのです。2階の南窓をあけるとすぐに斜めに瓦屋根があり、その向こうには隣の家の垣根が、そして遠くには山が見える、こういう事をするには絶好の場所でした。

そこにちゃぶ台を持ってきて酒を並べ、肴を並べ氷で冷やしながらチビチビとやり始めると、じきに雨がぽつりぽつりと落ちてきて瓦屋根を濡らします。その頃には遊びに行っていた猫も戻ってきて餌をねだってくるので、いつもと違って2階にご飯と水を持ってきて一緒に外を眺めながら、チビチビ、カリカリ、チビリ、カリカリと雨を眺めながら酒を呑んでいました。そのうちに猫は屋根の下を通って雨に当たらないように大家さんの猫のところに遊びに行き、私は雨を見ながらちびりちびりと酒を呑みます。
一時ざーっと大降りになり窓に吹きこむので、閉めてガラス越しに見ていましたが、峠も越えまた小降りになり、そのうちにあがってしまいました。

まだお昼の3時頃でお酒も肴もまだ残っていましたが、もう呑めない程に酔ってしまったので布団をかぶって寝てしまいました。

起きたのは夜中の2時頃。バッチリ10時間以上寝てしまい、もう寝れません。それに酒も覚めています。バイクを押して大通りまで行って、友だちの下宿に行って・・・またお酒飲んだんでしょうかね。さすがに覚えていません。ただ気持ちのよい雨上がりの夜中。空からお月様が煌々と濡れた道を照らしてくれたのを覚えています。

今から考えると、あんな事してなければなぁという記憶の一部分なんですが、妙に嬉し楽しい記憶でもあります。

雨になるとあの日の雨見酒を思い出して、またやりたいなぁと甘えた事を考える今日コノ頃でした。
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by zukunashi | 2013-06-21 19:21 |
転職?になるのかな・・・
一年間のバイク便生活をついこの間終了したzukunashiです。こんにちは<(_ _)>

業務委託ですが、ほぼ毎日伝票を出しに行かないといけないわけで、そういうところは正社員と何ら変わるところがなく、各種保険や福利厚生、果ては携帯代金や交通費も出さなくていいんですから、なんか腑に落ちない待遇でした。会社にとっては固定費が安く、仕事は同じ、歩合は会社都合で圧縮できると良い事尽くめですね。まあ将来を見限ってというよりは、冬の寒さに負けたという事です。

さて、これから先どうしようか・・・というコトはなく、実際次の業務委託仕事を見つけてきてからやめてますからご安心を。正社員やアルバイトじゃなくて、またもや業務委託ですが。

今度はパソコン関連に出戻りです。

鈍っているだろうなぁ。ゲームばっかりやってて、まともに修行していないから(笑)パソコンももう1年以上作ってないし。誰か金額と条件決めて(車載パソコンにするから小さくてディスプレイケーブルのいらないパソコンとか)作らせてくれないかなぁww

とはいえ、ン十歳のロートルと契約してくれた会社に感謝(ー人ー)

12日初出社ですから、それまでちょっと長い正月休みです。

そんじゃ(^○^)ノ
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by zukunashi | 2011-01-09 19:27 |
思えば遠くへ来たもんだ・・・【帰京】
どうやって帰ろうか?

実は昨晩(11月20日)チョット寝る前に慌ただしかったのだ。

帰る切符が未手配なのだ(笑)行き当たりばったりなんだよね、バイク乗りの基本は。なんとかなるさで北海道に来ていたから(笑)
持っていったパソコンの無線LANではインターネットはつながらなかったので二人して携帯で色々調べてみた。元々行く前から中標津空港から羽田までのANA直行便は使えないことが分かっていた。2時5分出発便しかなく、昨日と同じ阿寒バスは羅臼発12時45分で中標津到着が2時10分…orz駄目じゃん。これより前のバスは9時台の出発だし(笑)という事で女満別空港に行く方法とか色々検討したが、結論は出ず。一応なんとかなるかもしれない方法として終点釧路までそのまま阿寒バスで行って、釧路空港から帰るという方法。とはいえこれはバス代も係るし時間も係る。という事でどうしようかと悩んでいた。

元々うちの奥様はレンタカーを借りたらよかったのに派だった。私は運転手としてそれはイヤだ派だった。勢力は50:50で拮抗していたが、運転できるのは私一人だったので最初から結論は決まっていたのだ。しかしここで私は少々後悔した。ほんの少々だが・・・。
奥様「レンタカーだったら時間も自由だし開陽台(私が北海道でよくキャンプしたところ。中標津町からすぐのところにある)とか行けたのに。」
ああ、今(11月21日)それを言わないでくれぇΣ(゚Д゚; 
わ、私がもう少し勇気を出していたら_| ̄|○

という事で昨晩(11月20日)には決定された帰京方法は無かったのだ。代わりに羅臼でインターネットが出来る知床倶楽部という所を奥様が見つけてくれた。ここで帰京の方法を調べることにした。

という事でおっちゃんの告別式が終わり、山門を出た私たちは左に曲がり、羅臼の中心街へと向かった。どうやらソッチの方にあるらしい。
ネットで調べた地図どおりに行くとどうもここらへんなのだが・・・というところに着くと、そこはどうもありそうになかった。そこでうちの奥様が電話してみると、最初は何かの営業の電話と間違えられたらしいが(笑)インターネットを使いたいと言ったら場所を教えてくれた。実際の場所はここらへん。
お店の中はこんな感じでした。昼だったし天気が良かったからもうちょっと店内も明るかったけどね。気さくな店長さんでここが気に入って都会から引っ越してきたような風情があります。ここでパソコンを使って帰り便を色々探していると、時間も比較的余裕がある方法が。
実は中標津から羽田には直行便以外にも乗り継ぎをすれば帰ることが出来て、それだと5時頃出発するので問題ない。しかも中標津空港から千歳空港で乗り継いで羽田空港までを全部ANAで行けば乗継割引が使えて直行便の普通運賃と変わらない。それ以上の割引はなさそうだし、時間も余裕で帰れるとのでその方法に決めることにした。インターネットでチケットを発注して無事携帯に連絡が入りほっと一息ε-(´∀`*)ホッ
喫茶店なのでコーヒーを頼んでくつろぐことにした。
「ご飯は?」
余裕ができると腹が減るのは道理である。
「よかったら」
知床倶楽部のマスターが教えてくれた。
「うちの店の奥にいわみていう店があるんだけどそこでハモ丼がおすすめだよ。まあ同族経営なんだけどさ。」
なんかうまそうだからコーヒーを飲んだらに行くことにした。
「荷物は置いてってもいいよ。見てるから。」
こちらもご好意に甘えることにした。

a0008523_11503136.jpg知床倶楽部の扉を出て右の少し奥まったところに入り口があり、そこがたべ処いわみさんだった。
中は座敷とカウンターの居酒屋風のお店で、地元の人が3,4人食事していた。
私達はカウンターに着いて私はマスター推薦のハモ丼を、奥様は見つけたら喰らわずに居れないという大好物イクラ丼を頼んだ。
出てきたハモ丼は、お店のウェブページにある通りで、チョット小さめのうなぎの蒲焼風で甘辛のタレをかけたハモがお重にのって出てきました。
イクラ丼は東京で食べるような日の丸弁当の梅干し替わりにイクラが乗っているようなみみっちい丼ではありません。右の写真を見て頂ければ一目瞭然です。ほぼ隙間なくご飯の上に載ったイクラ。下の黒っぽいのは海苔です。精進落しには珍しいメニューですが(笑)いただきまーす(^大^)

旨々とハモやイクラを頬張りこっちに来て旨いものばっかり食ってるなぁと夫婦ふたり苦笑。朝もお腹一杯食べたのにおどんぶり完食。
どうも美味しかったですぅ、と言いながらお店を出てふと脇を見た奥様が私ダンボールを指さします。なんじゃ?と思って覗き込むと
a0008523_11503914.jpg

うーん。癒されてしまったか、宇宙エネルギーにwwちなみにどんな野菜か知りたい方は「宇宙エネルギーの入ったいやしの野菜」でググッてみてください。まあ・・・なんちゅうか・・・信じる者はきっと救われると思います・・・多分。

という事で美味しく楽しく食事を終えて知床倶楽部に戻り、バスの時間がまだ少しあるので中で暫く休ませていただき、それでもあと10分ぐらいのところまで暖かい店内で粘ったうえで、お店をでました。親切にしてくれてどうもありがとうございました。

ここから中標津までは行きと同じ阿寒バスです。昼の12時に出たバスは2時間かけて14時頃中標津バスターミナルに着きます。行きは走りだしてすぐ日が完全に落ち、風景なんか全然見れなかったんですが、帰りは真昼間なんで海も山も牧場も良く見えました。そして中標津に着く頃にはあの懐かしい牛の体臭が(笑)

今回帰りの便で乗るのは5時頃出発なのでゆっくり出来る。とはいえ折角北海道に来たのだから・・・友だちにお土産を送ってやろう、というわけで中標津の街中を歩き回り酒屋を探します。酒好きの友に送るお土産はモチロン【サッポロクラシック】とはいえ酒好きの友人は結構な数いるので、全員には送れない。という訳で当選者への連絡は発送を持って変えさせて頂いております<(__)>アシカラズ・・・
酒大好きの義弟や義妹もいるのですが、そちらにはまあ、色々問題ありそうなんで今回はパス(笑)

さて、バスターミナルで空港行きのバスが出るのは午後の4時。まだ1時間ほど空きがあるので喪服を着替え(まだ着ていた)バスターミナルそばの喫茶店に。中はスナック風でカラオケも有り。適当に飲み物頼んで一息ついて見回すと漫画があるので時間つぶしに・・・おおっ懐かしい[土岐正造トラブルノート ハード&ルーズ]だ。今でこそ売れっ子漫画家になったかわぐちかいじが、まだそんなに売れてなかった頃の話で原作はこれも売れ始めたばかりの狩撫麻礼。この漫画はアクションに連載されていたからエッチもありバイオレンスもありだけど、かっこ良くない探偵の話し。探偵物語(松田優作)なんかに通ずるところがあるんじゃないかな。大学の友人の部屋で縁が擦り切れるほど読んだ漫画だ。彼は狩撫麻礼が好きだったようで、他にも[天使派リョウ」とか置いてあった。
1巻から読み始める時間はいくら何でも無いような気がしたので最終2巻を手にとって読み始める。あれ?友だちの部屋で読んだのは最終巻じゃなくてその一つ前の巻だ!という事で未読の第7巻を初めて読みました。
・・・ふーん、こんな終わり方だったんだ。意外とありだなぁ。揃えたくなってきた(笑)

漫画を読ん見ながらふと時計を見ると、そろそろ時間です。コーヒー代を払ってバスターミナルに行くとまだバスは着ていません。まあ乗り過ごすよりましなんで、待合室でチョット待ちます。するとアナウンスがバスの到着を告げます。よっこらせっと。

a0008523_11504585.jpg数人が乗ってバスは発車します。中標津空港までの間、途中停留書で乗り降りはなく、日が沈んで闇が空を覆い尽くした頃空港にバスは着きます。臭寒い(笑)
真っ暗な中ライトに浮かぶほっそりした機体が私達の乗る飛行機です。見ての通り一度地面に降りてからタラップを登ると小さいながらも中はけっこう明るくて広い。でも座席は左右2列なんで観光バスみたい(笑)いつもジャンボジェットに乗っていた私にとって、ここまでスリムな飛行機は初めてです。とはいえ千歳空港までおよそ1時間はあっという間で乗ったと思ったらもう降りる。そこで乗り継ぎ便をやっぱり1時間ほど待って羽田空港についたのは夜の9時。

お疲れさまでした<(__)>
読んで頂いた方も、うちの奥様も、俺宿のおっちゃんの息子さん、娘さん方も、そしておっちゃんも。
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by zukunashi | 2011-01-07 13:39 |
思えば遠くへ来たもんだ・・・【告別式】
俺宿のおっちゃん告別式の朝。私は羅臼の町をぶらついていた。

目覚ましで毎朝7時に起きる癖が付いているなぁ。旅の宿でもいつものように6時50何分かに目が覚めたか、と思ってよく時計を見たらまだ6時前だった。前夜も11時過ぎに寝たわりには早起きだ。早起きついでに風呂に行くことにした。前夜はお通夜に出たりして結局風呂に入っていなかったから、いいタイミングに起きたんだから入っておこう。
お風呂は普通の旅館のお風呂だったが、海に面した窓が広くとってあって、そこから朝焼けが見え、次第に明るくなる様子が風呂に浸かったまま良く見えた。よく見えたと言ってもすりガラス越しだからからそんなに鮮明ではないけれど。a0008523_21221547.jpg
この写真は風呂に行く直前に旅館の窓から撮ったもの。まだ日が上がるには時間がある。遠くに見える島影は北方領土と呼ばれている国後島です。
風呂を上がって部屋に戻ると、うちの奥様も起きていた。奥様も朝日を携帯のデジカメで写真にとっていた。似た者夫婦だww
さて、風呂も出たしということで昨日の夜分かった忘れ物を買いに行くことにした。何を忘れたかというと、白いカッターシャツだ(笑)喪服も、ネクタイも、白いハンカチも、数珠もタイピンも持って完璧!と思っていたら、カッターシャツを忘れていた・・・orz ネットで調べると、羅臼港の方に洋品店がある。日曜日の朝何時からやっているか分からなかったけど、式の前に手に入れたい。という事で朝7時頃に朝食を食べに降りていき、前夜と同様腹いっぱい食べ、エネルギー補給を済ませてから、探しに出かけたのが冒頭の情景というわけだ。

a0008523_21391460.jpg宿から港の方に歩いて行くとほとんど雲のない青空が広がり、空気が澄んで吸い込むと痛いほどだ。
左りに曲がると知床峠になる交差点で彼方に白い頂が見える。羅臼岳だ。手前の山にも雪が無いところを見ると、今年は雪が少ないようだ。
それにしてもこれだけくっきり氷の刃のような頂を見せられると、あそこに登りたくなる人が出てくるのも道理だ。


a0008523_104544100.jpg


さて、目的のお店はというと知床峠に向かう交差点の向こう側にあった。しかもちゃんと店は空いていて、すごい事に先客までいた。そこで簡単にサイズを測っていただきチョット首周りが大きいかもしれないけど手の長さはピッタリのカッターシャツを買った。忘れたことが分かったときは愕然としたけど、ナイスフォロー。
行きは山を見たので、宿に向かう帰り道は海側に出てオホーツク海越しに国後島を見ながら帰ることにした。朝からかもめがうるさく飛び回っている。漁港だなぁという感じがする。曲がり角のところに一羽のかもめが羽を休めていた。道路に降り立っているのだ。なんで仲間の居る方に行かないのかなと思って見ていると、カラスがそのそばに舞い降りた。オオッ?なんでと思った矢先にカラスがかもめの羽をその太いくちばしで咥えて引っ張った。かもめは鬱陶しそうに羽を広げるだけで飛んで逃げたりしない。年を取ったのか怪我や病気なのかそれは分からないが、弱って飛び立つことも難しいらしい。道路を渡って近づいてみると逃げようとするがよたよたして歩くのもままならない。
しばらく見ていたが、カラスは羽を引っ張るだけで何か具体的に攻撃をするでもなく、かもめも飛び立つでも歩いて逃げるでもなく、ただカラスの嫌がらせを避けるため、徐々に道路の中方に移動している。車がたまに通り過ぎるとかもめを避けて大きく蛇行している。
そんな光景をずーっと見ているわけにもいかないので、宿に戻る事にした。
宿についたときの私は、行きに山を見て上がったテンションが、一晩置きっぱなしにしたゴム風船のように見事にしなびて、しおれて、床にへたりこんでしまい、朝から疲れてぐったりしてしまった。

とはいえ俺宿のおっちゃんの告別式に出るためにここまで来たのだ。気をとりなおして今買ってきたカッターシャツを着てネクタイを締める。ズボンを履きダブルの上着を羽織る。数珠をポケットにしまい昨日まで着ていた服を旅行バックに詰め込むと、チェックアウトの用意が整った。部屋をでると、玄関に向かい精算をする。
「お葬式に来たんですか。」
と宿のご主人。
「ええそうなんですよ。」
どうもと挨拶を添えられ、宿を出る。そして目の前の寺に向かい、奥様と山門をくぐった。
このポストを書きながらふと『もう一ヶ月前の話なんだなぁ』と思う
昨日の夜通った道には車がたくさん止まっていた。右奥が会場である。昨晩とは違い、ガラリと戸を開けて気後れする事無く中に入る。荷物を玄関脇において靴を脱いでいると、中学生ぐらいの男の子が
「荷物はこちらへどうぞ」
と先に立って部屋を案内してくれる。この男の子は昨日の夜の通夜にもいて、通夜の席で出た缶コーヒーの空き缶をたくさん積み上げて他の子供達と笑い合っていた。逞しいというか、しっかりしてるなぁ。
荷物をおいた部屋は親族の控え室の隣らしい。他に荷物はほとんど置かれていない。まあ東京から来るのは私たち以外に、もう一人ぐらいしかいない、ハズだ。
荷物を置いて早速告別式を行う部屋に行く。昨日通夜をした部屋だ。後ろの方から入るとすぐに喪主の長男とその奥様がコチラに来られた。そして他のご姉妹(おっちゃんの娘)をご紹介いただいた。おっちゃんのお子さんは皆泣いていたり、疲れていたりしている。木曜日に知らせを聞いて土曜日日曜日にこうして集まっているわけだから、気持ちの整理も付かず大変な事だと思う。自分の親と比較するのもアレではあるが、父も(原発不明の癌)母も(低酸素脳症)病気という緩慢な死を迎えたので、こちらも心積りをしていた。父が死にそして1年を経ず母も死に、死とはそういうものだと思っていた。
今俺宿のおっちゃんと、残された親族の皆様を見ていると浅はかだったと後悔する。自分の父母にもっと生前会っておけばよかったと。特に母と最後に話したのはクモ膜下出血で倒れた時よりかなり前だった。その時どんな話をしたのかもう覚えてはいない。
おっちゃんも自分の子どもと長く会っていなかったようだ。彼らの後悔は私の想像の範疇を越えるだろう。

始まるまで何人かと話をした。最初におっちゃんが亡くなっているのを発見したおばさんも、来ていた。

式は始まり、お坊さんが来ておっちゃんの前でお経を上げ始めた。おっちゃんと同じような年格好の人が私と同じように一番後にいた。お焼香を促され一番前に進み出てお香を摘む。正面の写真のおっちゃんは髪の毛も黒くまだ若い頃・・・と言っても私が泊まった時からはだいぶ老けていたが・・・何処を見ているのだろうか。願わくば三途の川の縁で「俺達の宿」を遣っててはくれまいか。

式は滞り無く進み最後に棺桶の蓋に釘を打つ前の最期のお別れになった。私は何故かそのおっちゃんに会いたくはなかった。今でもなぜ本当に最期の最期に顔を見るのをためらったのか分からない。妻が横で
「行かなくていいの」
と言ってくれなければ見なかったかもしれない。
おっちゃんは昨日の通夜で見たとおりゆるく目をつぶりチョット口を開けイビキでもかきそうな感じで棺桶に横たわっていた。昨日は見えなかったが花札とジーパンがそこには添えられていた。
合唱して目をつむる。何かおっちゃんに話しかけようかと思ったが、何も思い浮かばなかった。

蓋は閉められ喪主(息子さん)の挨拶があり、おっちゃんは出棺されて行った。さよならおっちゃん。

焼場には行かず、お寺でお暇することにした。喪主の息子さんは霊柩車で言ってしまったのでその奥様にその事を告げに行くと、羅臼に住んでいるおっちゃんの娘さんもその場にやってきた。精進落しまでと請われたがそこまでは居られないので、と断った。

大荷物を持って山門を出る。昨日からここを6回くぐった。さあ帰ろう。おっちゃんゴメンな、亡くなってから会いに来るようないい加減なタロで。でもまた来るよ。

でも実はこれからが大仕事だったのだ。次回最終回【帰京】に続く・・・
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by zukunashi | 2010-12-13 22:18 |
思えば遠くへ来たもんだ・・・【お通夜】
11月20日 とうとうン十年ぶりに中標津に降り立った。たぶん宴会組の次の年に行ったのが最後だったと思う。来なかった年数を数えるとこの記事すら書きたくなくなるから書かないでおくけど、本当にご無沙汰していました。

しかも以前なら絶対考えられない中標津空港に降り立った。バイクでしか行ったことなかったからね、中標津ww

さて久々の中標津の感想は
「クセェ」
の一言!
いや、マジに牛の体臭と牛の排泄物の匂い付き空気がデフォルトです。空港の中にも、街中にも(笑)ほのかなんてもんじゃ無く、はっきりと!!

20年前もこんなだったかなぁ?開陽台に着くまでに長かったから気にならなくなっちゃったのかな?などと考えながらタラップを降り、前にも書いた温泉旅館の渡り廊下のような搭乗口をくぐると、そこは夢にまで見た中標津だった。

とはいえここまで来るには多少綱渡りだった。まあ実は帰りはもっと綱渡りなんだがそれはまた後のお話(笑)

飛行機のチケットは前にかいていたとおり、株主優待券を使った安売りチケットを買ったのだが、窓口は24時間対応しているわけではなく朝9:30から販売だったので、仕方がないから空港に移動する途中の京急蒲田駅で購入した。ついでに阿寒バスに連絡してバスの時間を確認。そしてついでに宿を予約。道の駅近くのお寺でお通夜、告別式という情報を頼りに、道の駅知床らうすの裏にあるという高島屋旅館に電話して20日1泊大人2人2食付きで予約。これらは全部電話でしたのだが前日にネットで調べたもので全て何とかなった。まあ便利になったものだなぁとチョット感激。とはいえ綱渡りなのは間違いない(笑)

さて話は戻ってここは中標津空港。阿寒バスが来るバスターミナルは中標津の真ん中にある。空港からバスターミナルまでまたバスに乗る。
ところで我々は朝11:40発の便に乗り中標津到着は13:20だった。そこから10分少々バスに揺られ待ち時間も入れて14:00頃にはバスターミナルに着いていた。羅臼に行く阿寒バスは釧路を13:35(ちょうど中標津に着いた頃)に出ている。そのバスは中標津のバスターミナルに16:05到着予定だ。
という事でまるまる2時間時間があるのだが、私は残念ながら中標津の街中をよく知らない。知っていたとしても20年前だし(笑)喫茶店を探したりしてふらふらしたが結局バスターミナル横にある中標津町総合文化会館『しるべっと』のロビーに居座ることにした。暖かいし良いソファーはあるし。ちょうどその日は近隣の小中学校の音楽会だったらしく楽器を持った子供たちと付き添いの親や先生がロビーを歩きまわったり、立ち止まって話をしたりしている。外を闇雲に歩いて疲れた足をいたわりつつ、奥様と話をしたり、お茶呑んだり、ボーッとしたり。気にしないと早く過ぎるのに、待っていると中々進まないのが時間だ。それでもちゃんと時間は進み、ほぼ定刻に来た阿寒バスに乗って羅臼に無事到着したのだった。

バス停は前がお寺、向かいが今日泊まる高島屋旅館という絶好のロケーションだった。5時に着いたのでまだまだ時間はあったが、日はとうに暮れ、もう既に夜だった。旅館はチョット古ぼけていたが、部屋はこじんまりとして暖かく(既に石油ファンヒーターは臨戦態勢)テレビも無料で見放題で窓を開ければ海が見える・・・はずだ。

ここは羅臼だ。これもやっぱり20年ぶり。しかし田舎町の常として、夜になると店は早仕舞い、そして街灯あんまりなくて月明かりぐらいしか目に入らないのだ。着いてすぐ頼んでおいた夕食を食べると(これがけっこう食べでがあって美味しかった)羅臼の夜を少し歩いてみた。
でも全然何も記憶にない。せいぜい知床横断道の入り口ぐらいしか分からない。宿に帰る途中、葬儀が行われるはずのお寺に寄ってみた。
山門の前に大きな立て看板で
『高橋家葬儀 ・・・』
と大きく書きだされていた。迷いながら山門をくぐり、お寺の右にあった会場らしき建物に近づいてみる。
玄関には人がいなかったがその奥にある受付らしき場所には何人か人がいるようだった。中に入ろうとしたが思いとどまった。なぜか?解らないが、この格好のまま入っていいと思えなかったのと、元来の性格でそういう席に出るのがひどく苦手だったからかもしれない。そう書くと、実際合ったことがある人のうち何人かは
「えーっまたまた」
と言うのだが、本当は嫌で嫌で仕方が無いのだ。
会場の入口手前で踵を返すと、山門をくぐり外に出た。目の前には宿が見える。引き戸を開け中に入り宿の主人に挨拶すると、奥様の待つ部屋にすぐ戻った。
「どうだった?」
「ん、明日の10時から告別式。お通夜していた。」
「行くの?」
「行って(お香典を)渡してこようか?」
「行く前にネットで調べたら北海道は告別式よりお通夜の方重視らしいから行って来れば。」
実はいま逃げ帰ってきたとは言えなかったので、さも最初からそのつもりだったように振る舞いながら、内心嫌な気持ちを引きずっていた。
中標津のスーパーマーケットで売っていた香典袋に私と義弟の名前を書いて、お香典を入れ、さすがにGパンじゃ行けないので、明日着る喪服の下だけ着て、また夜の羅臼に出ていった。
目の前のお寺の山門をまたくぐる。右にある建物に今回は入っていく。受付の喪服を着たお兄さんに話しかける。
「高橋さんのお葬式は?」
「ええ、こちらですよ。」
すぐ右のすりガラスで隔てられた大きな広間に通される。入ると左に祭壇がありその前に20人前後の老若男女がてんでバラバラに座っていた。皆真っ黒な喪服を着ている。
― お通夜では喪服は着なくてもいいんだよな ―
そんなことを思いながら、窮屈に正座しながら目の前の中年の男性 ― 同い年ぐらい ― に深くお辞儀をしてこう言った。
「いぜん、ツーリングで北海道に来たときお世話になりました。」
すると周りにいた人は、それまで怪訝そうな表情だったのが、あゝそうなんだという了解の表情に変わった。
「バイクの人ね。ああ、写真とか沢山あってねぇ…」
はたして中年の男性は葬儀の喪主であり【俺宿のおっちゃん】の息子さんだった。
昔の話をしたり出来ればいいのだけれど、生憎私は20年以上前に10日ぐらい泊まっただけなんで、ろくな思い出話がない。適当に相槌を打ったり乏しい記憶を披露したりしているうちに、おっちゃんの状況がだんだん分かってきた。
第一発見者は近所のおばさんらしい。お通夜やお葬式の手伝いに来ていた。山菜やキノコを取りに行く時おっちゃんに教えてもらっていたそうだ。
「山の先生がいなくなってしまった」
と言っていた。
その人が言うには・・・
「山に行きたく電話したけど全然出てくれなくて、2日もそうだったから変だと思って民生委員(だったと思う)と一緒に家に行ったら亡くなっていた。」
「寝たまま亡くなったようでお布団の中にちゃんといたんですよ。」
という事だったようだ。おっちゃんの息子さんは亡くなられてから日が経っていたると聞いてヒドイ状態を想像したようでしたが、棺の顔のところを開けて仏さんを拝ませていただきましたが、うちの親父がなくなったときと同じで目は軽く閉じて普通の仏さまでした。しかし口はポカンと開けて本当に寝たまま往生されたんだなあという顔でした。あくびの途中で止まっているようなとぼけた感じです。
その後もおっちゃんの息子さんやそれ以外の近所の人なんかといろいろ話してしばらく居りましたが、10時前ぐらいに一旦宿に戻ることにしました。
宿の戻ることを告げるとおっちゃんの息子さんは深々と頭を下げて
「遠いところからどうもありがとうございます。」
とまた頭を下げた。なんと行って退出したかあまり覚えていないが、たぶん当たり障りの無い事を言ったんだろうと思う。会場を出て山門の前まで来る。息子さんの奥様は目を真っ赤にしていた。彼女も私に何度となくどうもありがとう、来てくれてほんと喜んでいると思います、と涙声でなんども告げた。
あゝいいなぁ。私は実の父母のお通夜でも葬儀でも涙は一滴も出てこなかった。泣く事を何処かに置いてきたように、泣けなかった。
羨ましいなぁと思いながらお寺の山門をくぐる。夜空に係る月は明るくほとんど満月だった。おっちゃんの事を思い出そうとその月をにらんでいたけれど、さっきお通夜の席で話した事ぐらいしか思い出せなかった。なんか切なくなって大きくため息を付いて、宿にもどった。
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by zukunashi | 2010-11-26 23:01 |
なぁつやすみ その2 奥様の実家に帰省
夏休みだなぁ…まあうちの奥様の実家に行くといつもそう思うわけなんですよ。
たとえ秋に行っても(笑)
というのも、その原因は私の小学生時代にさかのぼります。

多分小学校入学前にも行っていたんだと思うのですが・・・我が家は夏になると母方の実家の方へ行っていました。の方へ と書いたのは実際実家はそこにはないんですが、大おばさん(うちの母の母の妹(だったかな))がその頃は存命で、そこの家に泊まりに行っていました。場所は山梨県の南巨摩郡南部町。周囲ぐるりと山に囲まれ、田んぼとあぜ道と小川と山の緑しか目に入らないような田舎でした。つい先日葬式があり、何十年ぶりに行ってみると…全然変わっていませんでした。今も山と田んぼとあぜ道と小川しか有りません。

さて、そんな本当に田舎なところに毎夏行っていたお陰で、夏はそんな田舎に行くものだ!!というのが多分遺伝子レベルで刷り込まれてしまったようで、そういう場所に行くと、なぜか強く『夏!!』をイメージしてしまうのでした。

ちなみに大学は信州の山奥だったため、おかげで毎日夏休み気分で学校に行かなかった為、中退するはめになったのは言うまでもありません(嘘)
さて、今年の夏も奥様の実家に行くと夏っ~~~という気分に浸れたのですが、今年の夏はチョット違っていました。何と、今住んでいるところのゴミ当番が回ってきていたのです。8月いっぱい月、水、金は燃やすゴミのネットを出して、土曜日は資源ごみの箱を出す。回収が来れば戻す。というのやるわけなんですよ。で、確かにそれをお隣さんとかにやってもらうような事も出来なくもないんですが、やっぱり人付き合いの苦手な若夫婦(?)ですからね。

という事で何とか行く方法はないか知恵を絞った結果、ゴミ当番が終わった水曜日の午後に出かけて、金曜日の夜帰るという方法を採る事にしました。金曜日の燃やすゴミのネットの出し入れだけ、お隣さんにお願いして。

さてそんな苦労(?)をして、奥様の実家では久々に家族が一同に会して、当然奥様姉妹の家族も全員そろうので・・・うちの夫婦以外子どもが揃って二人づついるので・・・賑やか賑やか。いつもは義父と義母二人だけの家が、その時だけは十人増えて十二人の大家族に。
義兄弟姉妹と杯を交し(なんか誤解を生む表現だなぁ)義父の育てたスイカを食べ(メチャ甘!!)昼寝をし、車で買出し…等々、あゝ夏!!という時間を過ごしてまいりました。

私の実の父母は既に他界し、少なくとも「おとうさん、おかあさん」と呼べる人はもうこのお二人しかいません。実の姉が一人いますが、年上の義弟を含め5人の「おとうと、いもうと」に恵まれて…騒がしい姪っ子甥っ子にも恵まれて…今になって幸せであるなぁと思います。別に実父母や姉に不満があるわけじゃないんですけどね。

夏が夏らしく過ごせるのも、うちの奥様のお陰・・・ということにしておこう。

今回は行き帰りともカングーに何ら不備はありませんでしたよ。ちょっとパンクしましたけどね(笑)
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by zukunashi | 2010-09-06 08:42 |
ゆっくり楽しむ間もなく・・・甥っ子の初宮参り
片道500kmを超える運転をすると体かカングーが壊れるというカルマを背負っているzukunashiです。両方壊れたこともあります。何れにしても体力か運、または両方とも無いようです。

さて今回もそんな過酷な運転をしなければいけないのですが、それも生まれてまだ会っていない甥っ子に会うため。まあ子煩悩というのはチョット違いますが、甥っ子、姪っ子煩悩というのはあたってそうです。まあ煩悩は百八つ、あと百六は大したコト無さそうなんでいいんですが。

という訳で大阪の甥っ子の初宮参りに、甥っ子の家族四人ともう一組神戸の義妹家族の四人となぜか東京の叔父叔母のみならず、両家の親計四名もやってきて総勢十四名の大所帯でお宮参りにゾロゾロと(笑)

大阪では有名らしい中山寺というところで御祈祷を授かります。

その最中ずっと我が甥っ子は・・・ぐずっております^^;;

まあ仕方ないんですけどね、訳の分からないところにつれてこられて、なんか目の前でハゲたおっさんがやっぱりわかんないことをブツブツいうわけですから。(お坊さんが般若心経を詠んでいただけですけどね)
最終的にミルクを飲ませたらぐずり解消…腹減ってたんかい?

御祈祷も終わって外に出て記念撮影とかします。そしてお昼をみんなで^^ノ
写真は撮ってないですけど、結構なお料理が次から次へと。でも!この後帰りは運転しないといけないのでお酒は飲めないんです(つд⊂)エーン
とはいえ料理を楽しめばいいんですよ。料理を。ええ、楽しみましたとも。なんか甥っ子の母(私にとっては義妹)が横で美味しそうにビールを呑んでました。むかしお腹に甥っ子がいたとき、目の前で美味しくお酒を頂いたのをなんか逆恨みしたようです。今日という日をを楽しみにしていたようです。母乳禁止でお酒を呑んでました。繰り返しますが、料理を楽しめばいいんですよ。(ここ大事!テストに出ます!!)

さて、そうこうしている内に料理も片付きお開きになります。皆それぞれの家に帰って行きます。私達も兵庫の義妹宅に行ったん戻り、一休みしてから帰ります。でも、今までの失敗から学んだ私は今日中に家に着こう等とは考えません。そうです。体力の続く限り走った馬鹿なzukunashiは過去の人です。新zukunashiは一旦嫁の両親宅に一泊して帰るという頭脳プレー。欠点があるとすれば、一日休みを多く取らないと行けない事ぐらいでしょうか。

帰宅初日は300km弱・・・とはいえ途中渋滞があったり、チョット眠気がやってきて十五分ほど寝たりと色々有ります。そのせいか、到着は夜中の十一時と結構遅くなってしまいました。
それでもお風呂を頂いてクーラーが効いた部屋で寝れるのは極楽です。おやすみなさい<(__)>・・・

翌日昨日の雨はどこえやら・・・義父は起きてすでに畑に行っておられます。私達夫婦も起きて、収穫の手伝い・・・というか邪魔をしに畑に。
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このきゅうりはその時に取ってきたもの。上の白い四角はipod nano。デカイきゅうりの比較対象にはチョット違うような気もするんですが、500円玉とかタバコだとチョットわかりにくいかな?と思って。不作だというトウモロコシを全部取ってきちゃいました。確かに小さいんですが、茹でて食べると甘い!うちの嫁は大好評です。自分で取ってきたので美味しさもひとしおでしょう。

というように午前中は過ごして、お昼を頂きましたら本格的に帰宅の途につきます。

お土産の農作物もいただきました。お義父さんお義母さんまた参ります(多分お盆頃に)

という訳で今度は200km程度を軽く走ります。

別に理由はないんですが富士川SAで休憩をしました。

ソフトクリームは確かに濃厚な甘さでしたが三百五十円はちと高くないですか?
あと、小腹が空いたのであの有名な静岡おでんを買ってみました。
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左が大根、上が黒はんぺん、筋、ホルモンの四串です。上に掛かっている緑のものは青のりとカキコです。ドッサリ乗ってます。でも嫁の記憶にはないものだそうです。「駄菓子屋の店先にはそんなもんはない!」
筋やホルモンはまあ、こういうもんでしょう。黒はんぺんはこう言っちゃなんですが、柔らかすぎです。あれってもっと硬くて軟骨が入っているもんじゃなかったっけ?で、今回の四串で一番美味かったのは多分大根です。というのも、ずっと汁に浸かってて、買う人もほとんどいなかったのでしょう。物凄く汁を吸っていい色になってました。
a0008523_2130425.jpga0008523_21302168.jpgこれは浜松ギョーザむすびです。本当にギョーザが入ってました。また味も単にギョーザ味のおむすびでした。別々でいいよ(笑)
とまあこんな感じで帰ってきて、今こうしてブログを上げているわけです。

なんか甥っ子に会いに行く話が、B級グルメの話になってしまったけど、許してね。
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by zukunashi | 2010-06-30 21:43 |
今日は…
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ン十年振りの免停で、鮫洲に来ております。

午前中は座学で今さっきご飯にありついた。
あまり食欲が無かったので安く量も少ない半カレーにした。
ウゲッアマィ( ̄□ ̄;)
これならスパイスボウルのチリパウダーを一杯入れてもまず平気だ。

カレーで血糖値が上がりそうだ。

さて午後から運転とシミュレータだ、と思ったら…
( ̄□ ̄;)!!何だ!!この土砂降り!!!
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by zukunashi | 2010-06-23 12:28 |
キャンプ
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深々と夜も更けてきました。
気温も既に一桁台まで下がってきました。
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by zukunashi | 2010-05-02 20:35 |