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気になっていること・・・スカイ・クロラ・・・
これ以降は間違いなくネタばれです。

まだ映画を見ていない人、またはネタばれなら見ない人は それではどうぞ をクリックしないで下さい。

映画を見た人及びネタばれでもかまわないから見たい人だけそれではどうぞ





 自分が不満に感じていたところなども含めて、スカイ・クロラにまだ引っかかっている。

 考えれば解決する訳でもない・・・が、チョッと結論めいた事に行き当たったのでメモ代わりに書いておく。

 何で主役の草薙水素と函南優一の声はあんなに棒読みなのか?
 両方とも声優ではないけれど、一応評価がある俳優だ。それにしても棒読みだ。何故だろう?
ここで考えた事は…本職(声優)のように話すのは絶対中途半端になる。監督や演出の責任者がなまじの演技をするより棒読みのように読んだ方がいいという演出。
と言うのも、草薙水素の場合少なくとも2回ほど感情を爆発させるシーンがある。墜落死した仲間に対して同情している一般人に対して、『同情するなぁ』と切れるシーンと最後に函南優一に抱きしめられてたまらず大泣きするシーンだ。函南優一は草薙水素を抱きしめるシーンまで特に感情的なシーンは無い。
 そこでは、特に『同情するなぁ』のシーンはそれでも感情的というより、妙なキンキン声ですごく耳障りだった。ここは子供っぽく大人を拒絶する感じで、やはりどこか妙な白々しさがあった。
また後者の抱き合うシーンは函南も自分が何者だったかを理解して、仁郎だったときに愛していた水素を今優一として愛する抱擁のシーンで、函南優一は力強く意思のこもった声で、草薙水素は思いがあふれてただ泣きじゃくるというシーンだ。そこで初めて人形のようだったキャラクターに血が通って見える。「君は生きろ 何かが変わるまで」この言葉を吐く為にだけにこの淡々とした映画は作られたとすら感じる状況でした。
 それと、映画の中のキルドレは精々15,6歳でむしろ土岐野尚史が大人すぎてとてもキルドレに見えなかったが(作画も声も)、主役4人の中で一番らしい声だったのは三ツ矢碧役の栗山千明だった。主役四人は大人か棒読みっぽく、娼婦のクスミとフーコとの間が歴然と違いすぎるのは、ある意味子供と大人の対比のようで面白く感じた。ただし映画を見終わって二日経ったあたりでだけど。

 それともう一つは何であんな説明的な台詞と突然2回も入れているのだろうか。
 合同作戦で知らない街に行ったとき、函南優一と草薙水素が酒場で話す。函南は戦争を仕事と割り切ったが、草薙は私たちは(大人に)平和を自覚させる為のスケープゴートだと滔滔語るシーン。
 もう一回は自室に引きこもっていた函南の所に三ツ矢が来てキルドレについて解説をする。そして自分もキルドレなのか分からない、と泣き出すシーンだ。
 両方ともこの淡々とした映画では4時間掛けても描き切れない事をたった10分で全部終わらせてしまった。その経済効率については理解できる。
 でもこのまま終わらせてしまっても、もしかしたらよかったのではないか?後者の説明的な台詞の場合、それで函南優一が自分が何者だったのか悟らなければいけないので、外せないかも知れないが、あまりに理屈っぽく首尾一貫した台詞で、しかも最後は取り乱して泣いてしまうのだから・・・あ、ありえなくない?と思ったが、これを知らないと最後に抱きしめた函南優一はただの操り人形になってしまうので、ある意味必要だろう。もうちょっと何とかならなかったかという思いは激しくするが(脚本か声優のどちらかで)。
 前者の台詞は観客をもっと信用して、大胆に台詞を削ってもよかったんじゃなかったか。それでもブログで『スカイ・クロラ』のレビューを見ると、全然分からない。という声も多いのは確かだが。その後で拳銃を函南のこめかみに押し付けて草薙は激しく接吻をするのだが、少し醒めて見てしまった。

悪いとか良いではなく、自分が引っかかったシーン、引っかかったところをもう一度考えてみました。私以外の人にはあまり意味が無かったのではないか?
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by zukunashi | 2008-09-03 12:58 | 映画・演劇・音楽 | Comments(0)


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