一澤帆布工業の社長解任で、かばん製造販売は当面ストップという話だ。
一澤帆布と言えばキャンバス生地を使い、手作業で作る丈夫でスタイリッシュなカバンメーカーで、近頃町でよく目にするようになりましたね。私がはじめて見たのはまだ大学生だった頃に北海道ツーリングで出会った人のもっていたカバンでした。見た目は普通のトートバックだったのですが恐ろしく丈夫で、ガソリンバーナーや工具なんかを入れて油が生地にしみを作っていましたが、切れたり生地がほつれたりする様子もなく、ずいぶん高かったそうですが、絶賛していました。
今考えるとあの一澤帆布性バックにガソリンバーナーかぁ・・・なんてリッチな使い方!と思います。今電車で見かける一澤帆布性バックは、大半が若い女性や若い男性が、本やウォークマン、iPodや化粧品なんかをいれているのですから。当然シミ一つ無い綺麗なバックです。今は質の高さもさることながらシンプルな実用本位のスタイルが、逆に人気があるようです。
一澤帆布加工所のオフィシャルサイトを見てそこにある記事を読むと・・・何が原因なのかは当然分からないにしても・・・大体何が起きているのかがわかります。
今まで銀行員として全く別の道を進んでいた長男が、遺言をたてに会社の株の大半を握り、それまで社長として仕事をして来た三男を追い出そうとしている・・・といった構図のようです。
銀行員として職人とは違う世界を歩んできた長男の現社長は、職人気質の社員や前社長から見ればそれこそエイリアンのように見えるでしょうね。ニュースや一澤帆布加工所のオフィシャルサイトからでは長男の信太郎氏の野望がどんなものなのか分かりませんが、量産体制を組んで一澤帆布ブランドの拡販を目指そうというような安直な図面を描いているのでしょうか。
それと同時に気になるのは一澤帆布工業で起きていることが、ただの一族内紛と言うことだけではなく、一澤帆布を作る人や使っている人にも関わってきます。少なくとも今まで一澤帆布を使い愛用して来た人は、現一澤帆布工業に修理に出す事をためらうでしょう。職人さんがいないんですから。新しい一澤帆布製品を買うのもためらうでしょう。それを友達に勧めるのもためらわざるを得ないでしょう。
確かに一澤帆布と言う商標は、会社が所持しているかもしれませんが、実際それを維持して来たのは社員としての職人さんです。そして愛着をもって使っているユーザー、カスタマーがいることが一澤帆布の価値を高めてきたのです。
会社は社会の公器と言ったのは松下幸之助だったとおもいます。今現在そういう意味で公器である会社、企業は・・・。少なくなってしまっていると思います。また兄弟仲良くとはよく言いますが、兄弟は他人の始まりとも言います。何ゆえ信太郎氏が一澤帆布の社長になりたかったのか分かりませんが、それが信三郎氏を追い出さねば達成出来ない事だとすれば・・・ブランドを育て上げると言う手間を惜しんだのだとすれば、真に銀行屋的発想だと言えるのではないでしょうか。
<一澤帆布工業>社長解任で、かばん製造販売は当面ストップ [ 02月25日 10時57分 ]
毎日新聞社 人気ブランドかばんの「一澤帆布(いちざわはんぷ)工業」(京都市東山区)で前会長の三男・一澤信三郎社長が解任され、信三郎氏は24日、別のブランド名でかばん製造を始める方針を表明した。従業員の大半が既に同氏とともに同社を離れており、「一澤帆布」ブランドの製造販売は当面ストップする見通し。
同社では株式の3分の2超を相続した前会長の長男・信太郎氏と四男が昨年12月に信三郎氏を解任し、代表取締役に就任した。しかし、信三郎氏側は、同社の製造工場を賃借する有限会社「一澤帆布加工所」に製造部門の従業員65人全員を転籍させ、解任後もかばん製造を継続していた。
信太郎氏側が申請した工場の明け渡しを求める仮処分を京都地裁が認めたため、信三郎氏は期限の3月1日までに応じる方針で、「従業員と共に新ブランドのかばんをつくる。新たな工場を探して製造体制を整えたい」と話した。
信太郎氏側は「一澤帆布工業に損害を与える」として、類似かばんの製造差し止めなどを求める法的手続きをとる意向。「戻る意思のある従業員を受け入れるなどして『一澤帆布』のかばん製造を続けたい」と話すが、人材確保など課題も多い。【太田裕之】