ザ・シェルター と 寿歌 加藤健一事務所
 芝居に関わることになったのは、先に大学生になっていた姉の影響で、大学1年生の春休み・・・だから、2年生になる直前だったかな?・・・姉の手伝っていた劇団・・・高校演劇部のOBOGの劇団。ちなみに私の母校ではない・・・を手伝ったのが最初です。それまで特に芝居や演劇、舞台にはそんなに興味はありません。しかし、やってみると裏方も結構楽しい。そこの劇団は年1で春休みに公演していたので3回だから、3年ぐらい、手伝っていました。しかし、自分の大学ではSF&Mystery研究会などという同人サークルに入っていて、尚且つ毎夏北海道にバイクツーリングに行って・・・当然のごとく落第、中退となったのですが、それは又いつか書くことでしょう。

 お芝居はその後も手伝ったり、ちょっと役者をやったりとなんかのめり込む直前で足踏みしているような状態のまま、現在に至るのです。今や芝居を見ることばかりで、自分で演ったりする事はもうないです。

 ところで、初めて芝居に触れた頃、姉の本を借りて読んだ中に、北村想という劇作家の本がありました。当時一世を風靡した人の本とも知らずに読んだのですが、とても面白くて一体何でこんなハチャメチャなことを考えられるんだろう、どうしたらこういう思考が出来るんだろう。当時小説なぞ書いていた私は、研究の為に何冊か彼の本を買ってそしてハマったのでした。今でも間違いなく一番影響を受けた劇作家です。

 そんな私にとっては北村想は重要な人ですが、同時に遠い遠い方でした。彼の脚本とかエッセイとか小説は買ったり、借りたりして読みました。北村想の劇襲とか、十一人の少年とか、オウジとか。芝居をビデオで何回か見たことはあります。しかし当時の大学が彼の居る名古屋にも、そして東京にも等間隔で近くない場所にあり、かつ当時の私にとっては芝居を見に行くのがあまり好きじゃなかった(金も無かった)事も相まって、北村想の芝居は一度も見ていませんでした。
実はここまでが前置きです。
 そして今回はじめて北村想の芝居を生で見ました。なのに今回代表作の『ザ・シェルター』と『寿歌』を観て、どんな感想を書けばいいのか、全く分かりませんでした。面白かったし、演技も素晴らしい、演出も卒がない、舞台もわかりやすく、装置音楽大道具小道具衣装・・・すべて良かった・・・?本当だろうか?自分の中で想像して熟成して祭りあげてしまったのか?

 ところで加藤健一事務所のザ・シェルター と 寿歌の公演は千秋楽の幕が下りてから既に2ヶ月が経っています。その間何をしていたかというと、このお芝居についてどう書こうか、それをずっと考えていた気がします。何回も頭の中で牛の胃のように芝居のシーンを反芻してみます。面白い、うん、間違いない・・・でもなぜかハテナ?が付いてきます。何故だろう?結論が出たわけじゃないですが、ずっと貯めておいても何も起きないので、一旦書いてみます。
多分違和感の一番大きなものは…今東日本大震災があり、福島第一原子力発電所が、核災害を起こしている現在だからだと思います。1980年代、このお芝居が書かれた当時は冷戦という時代。核が戦争や紛争という所で…日本ではないどこかで使われるかもしれないというちょっと他人事な感じで、あまりリアルじゃない状況だった時の話です。
1990年頃に両方の台本を読んでいた時、シェルターのホノボノとした終わり方になぜか憤り、救いの無い寿歌に強い共感を感じたのは、自分が当事者じゃなく、テレビで湾岸戦争を見ていたのと同じようにこの台本を読んでいたからでしょう。
そして今寿歌がなんとリアルに感じられることか。当事者であり、傍観者でもあり、加害者の側の場合もあれば被害者の場合もある。しかし生きることで十分。生きて前に進む。ただそれだけの話がカッコイイ。
1990年の若いzukunashiは”救いがない”という事をカッコイイと感じたんですが、2012年のzukunashiは何かにすごく感銘を受けています。何がカッコイイのか?全然分かりませんが、生きていればいつかわかるんじゃないでしょうか。
とまあ、結論がありません。何がカッコイイのかわからないけど、カッコイイなあと思っています。
 寿歌ばかり持ち上げていますが、『ザ・シェルター』の致命的なエラー(コンピュータの誤作動)にも関わらず呑気な雰囲気で進む生活に救われてしまう家族を、いいなぁと感じる人達がもっと増えると、いいなぁ。

 と言う事でこの稿を締めくくらせて頂きます。
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by zukunashi | 2012-05-11 14:19 | 映画・演劇・音楽


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