新井満と南風椎 千の風と1000の風 剽窃するは我にあり
千の風になってという曲をご存知だろう。紅白歌合戦でも歌われて知名度をアップさせたアノ曲である。

訳詞作曲は新井満という芥川賞作家である。

元はアメリカの通称『Do not stand at my grave and weep』という詩を翻訳し、曲を付け発売したらしい。何故そんな事をしたのかについては本人のブログに乞う書かれている。
…前略…
「千の風になって-川上桂子さんに寄せて-」という文集です。
文集の中で、ある人が「千の風」の翻訳詩を紹介していました。私は一読して心底から感動しました。
<よし、これを歌にしてみよう。そうすれば、川上君や子供たちや、あとに残された多くの仲間たち
の心をほんの少しくらいはいやすことができるのではなかろうか……>そう思ったのです。

何ヶ月もかけて原詩となる英語詩をさがし出しました。それを翻訳して私流の日本語訳詩を作りました。
それに曲をつけて歌唱したのが、この度の「千の風になって」という歌です。
…後略…
千の風になってより
既に翻訳詩があり、それを見て自分も翻訳して曲を付けようと思ったという経緯が書かれています。ここまで読んで頂きチョット横道にそれます。南風椎氏のウェブを見て頂きたい。
…前略…
「南風椎の本がなかったら自分があの詩に出会うことはなかったし、本も歌も作れなかった。これからは取材のときも講演でもそのことをかならず最初に言います」
と何度も約束をして新井満さんは帰っていった。
…後略…
『1000の風』と『千の風になって』 6 | 南風椎の「森の日記」より
この文章だけではよく事態が飲み込めないと思いますので、出来ればリンク先のページとその前のページを読んでいただければ幸いです。
さて、公式の謝罪でも何でも無いし、南風椎氏という方もどういう人か分からない以上、これをもって新井満氏がパクったと決めつけるのは早計です。早計ですが、少なくとも新井満氏が誰かの翻訳詩を読んでその上で自分も翻訳したという事と、調べればすぐ分かりますが、千の風になっての前に1000の風はあったという事。比べてみれば分かる通り、非常に両者は似通っている事。
皆さんはどう判断されますか?

そしてこれはパクリ(剽窃)とは関係ない問題ですが、新井満氏が非常に広範囲に「千の風」という商標を取っており、それにより基金を設立して運営しているそうです。(新井満のつぶやき 2007-1より)商標からの上がりと会社からの寄付及び(3)新井満氏からの寄付金なんですが、彼の寄付金は『「千の風になって」の本やCDの印税が入金されるたびに、私はその一部を寄付金として「千の風・基金」に送金』しているそうです。また、商標使用料も一旦新井満氏の口座に入るそうです(当たり前か、商標取得が個人だからね)それを「千の風・基金」に送金しているそうです。(経済的な利益は一切ありません。いただいたお金をそのまま右から左へ送金しているわけですから。では、何のためにそんなことをしているのか?それは、経済的な利益はなくても、精神的な利益があると思うからです。新井満のつぶやき 2007-1より)これって単なる自己満足ですね(笑)手間がかかる上に帳簿上は全て新井満氏からの寄付になりますから。もしかしたら送金手数料をとられていればバカバカしい支出が増えるだけという見方も出来ます。(送金手数料を新井満氏が払っていたとしても)しかも新井氏の著作権からの寄付と合わせれば、どこまでが商標からの上がりなのか非常に曖昧なのではないでしょうか。

100歩譲って(千歩じゃないよ)基金は素人が運営しているので、金銭などの関係を新井氏が代わりに見ているとしても、ほとんど新井氏の口座からの送金で賄われているとすれば、新井氏が抜ければ基金の存続は見込めない事になります。
それに元々「千の風になって」が新井満氏の著作権によるものだとしても、その商標までを新井氏名義にしなければいけない理由はありません。基金名義にすれば非常にすっきりすることでしょう。何故こんな回りくどいことをしているのでしょう。新井氏がステージママのように見えます。

システムの問題はずいぶん前に独自のクリック募金を行ってそのシステムのバカバカしさを指摘したこともある募金パークとさして違いはないように感じます。回りくどいことをして手間と、もしかしたら資金を使って自分の手柄を増やしているという浅ましさを感じます。運営者が如何に言い訳しても、かかる手間や不明朗さが活動の前途に暗雲をもたらすことでしょう。

それと新井満氏は、彼のWebでさんざん
■歌詞の転載をされる方へ■
  営利目的の場合はJASRACに許可をもらって下さい。
  非営利の場合は、写真詩集「千の風になって」「千の風になって ちひろの空」(講談社)を必ずお読みいただきますよう
   お願い致します。その上で出典明記で載せて下さい。
千の風になってより
と書いてらっしゃいます(笑)さすがに権利関係に神経質な方は違うなと思いますが、残念ながら南風椎氏の訳詞についてはCopyleftを宣言されたようなので、そちらを載せさせて頂きます。

インターネット時代の著作権のあり方はまだ決まっていないのが現状ですが、良いモノをちゃんと伝えていく考えが、これからは重要になると思います。
『1000の風』
訳 南風椎



私の墓石の前に立って
涙を流さないでください。


私はそこにはいません。


眠ってなんかいません。


私は1000の風になって
吹きぬけています。


私はダイアモンドのように
雪の上で輝いています。


私は陽の光になって
熟した穀物にふりそそいでいます。


秋には
やさしい雨になります。


朝の静けさのなかで
あなたが目ざめるとき


私はすばやい流れとなって
駆けあがり


鳥たちを
空でくるくる舞わせています。


夜は星になり、


私は、そっと光っています。


どうか、その墓石の前で
泣かないでください。


私はそこにはいません。


私は死んでないのです。



Copyleft by Hae Shii 1995-2010


P.S.
この話題は天漢日乗により知りました。どうもありがとうございました。
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by zukunashi | 2010-03-20 21:41 | 映画・演劇・音楽


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