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故郷喪失者にとって…こう考える事自体不思議
故郷喪失者などとよく分けの分からない単語で煙に巻く気はないですが、ちょっとチリッと右顎の下あたりが痛くなったので書き残しておきます。

ガレキ拡散問題に関する今日の僕の意見|三宅洋平 (仮)ALBATRUS オフィシャルブログ「三宅日記」Powered by Ameba

瓦礫ですね。いや、仕方がない問題ですがあれだけの地震、津波ですから、大量に瓦礫が出てしまうのは不思議ではありません。阪神・淡路大震災のときも、大都市圏であるが故でもありますが、近隣の県で瓦礫処理を手伝ったそうです。

瓦礫に放射性物質が付いているからそれを燃やすと危ないという意見と、宮城県石巻の瓦礫は福島第一原子力発電所から100kmほど離れており、早川由紀夫の火山ブログ 放射能汚染地図(四訂版)などを参考にしても、大量の放射性物質がそこに降下して付着しているとは考えにくいと言う意見もあります。(付着量が少ないから安全とは思わないですが、どんな微量でも認めないと言う事ではないという意見)

実は今回のこの記事は、瓦礫云々の話ではありません。瓦礫については私も思うところはありますが、それをとやかく言うには安全すぎる自分の立ち位置なので、今回はそれに対してではありません。

では何について書くのか?

『三宅洋平 (仮)ALBATRUS オフィシャルブログ「三宅日記」』より一文を引用しようと思います。
気持ちは、解る。よーーーーーーーーーーーっく、解る。
俺も本籍は山形県なので、東北人でもある。
えっ?!なんでココ??と思った貴方!貴女!そして貴男 m9( ̄ー ̄)!
私の周りから見ても、貴方がたの意見のほうが大多数で普通に認知されている意見だと思いますが、敢えて疑問を呈します。と言うか、本籍なんて勝手に移せるんだからコレを以て◯△□人であるというのは、住所移転しているけど、住んでないから落選と言われた某被選挙人と同じ理屈のようにも感じます。本籍ではやっぱNGだろう(笑)
普通は生まれ、育ったのが北海道だから道産子とか、沖縄だからウチナンチューは当たり前でしょうね。
では小学校から高校まで居た、とか東京の病院で生まれたから、とかハテは母親の実家がその街だから、ナンテいうのもありですかね?私の考えでは
「ソレはないだろう」
と思っています。
でも、なんかその土地との地縁を得たいが為に、上記のような理由にかこつけて『私は(俺は)◯×△人だ!』と言いたがるむきの方は結構いらっしゃいます。

で、私ですが、よく人から「貴方のふるさとは」なんて言われた場合、こんなふうに言っています。その場その場で変えていますけども。
「生まれたのは東京の福生ですが、育ったのは横浜だったり金沢だったり東京だったり名古屋だったりします。大学で8年信州にいて、その間毎年夏には北海道に行っていたので心の故郷は信州や北海道(中標津)だったりします。そして今は東京に住んでいて生涯で一番長く住んでいる街になりました。ちなみに実家らしきところは愛知県です。」
私は信州人でもなく、道産子でもなく、生まれた時からずっと本籍のある九州人でもなく、江戸っ子でもなく浜っ子でもなく金沢人や名古屋人でもありません。ちなみに本籍は戸籍取得が面倒なので、結婚を機に東京に移しました。

でも・・・

大学で8年信州にいて、信州、松本に住人の考え方、誇り、そして問題に触れ、北海道に行くと牛乳を貰いに行く酪農家や漁師さんなどとふれあいその考え方を学び、私が育ったそれぞれの土地では方言や自分の周りの大人から様々な事を経験しそれを糧にしてきたと思います。

私は自分が信州人でもなく、道産子でもなく、九州人でも江戸っ子でも浜っ子でも金沢人でも名古屋人でも無いです。
ですが、だからといってそれらの方々の思いがわからない訳じゃありません。逆にそこに住んでいないのにそこが理解できると言う程思い上がってもいません。中途半端ですが、中途半端なりに分かる事もあります。

だから敢えて言います。本籍があっても東北人じゃないよ。共感を得る為とは言え、その言葉『俺も本籍は山形県なので、東北人でもある。』は軽薄じゃないでしょうかね?

最後に本当にちょっとだけ瓦礫について書いておきます。宮城県の瓦礫は当初より減ってきたそうです。当初の見積より解体すべき家屋が少なかったことや津波による流出が多かった事等によると考えられるそうです。それについては宮城県の震災廃棄物対策課の災害廃棄物処理対象量(県受託処理分)の見直しについてをご確認頂ければと思います。瓦礫処理予算と政治家の話や『有用物は、放射能汚染を度外視して、既に多くの業者などが持って行ってしまったのか?』という憶測、『現地では率直なところガレキの利権を地元に置きたいという意見も多い。』という話は小説のネタにはなりますが、論理的でも科学的でもありませんね。感情的には分かりますが。
# by zukunashi | 2012-05-25 11:19 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)
対角線に浮かぶソネット ユーキース・エンタテインメントプロデュース公演
【満員御礼】ありがとうございました。 『対角線に浮かぶソネット』 | ユーキース・エンタテインメント [演劇公演紹介] ★CoRich 舞台芸術!
http://stage.corich.jp/trackback/27184

えーまたもや芝居、演劇のお話です。

正直に申しますと、ザ・シェルターと寿歌のブログがかけなかった為に、こちらも延び延びになっていたわけです。と云う訳で4月に見てきました公演の感想なぞ書かせていただきたいと思います。

ところで、覚えていらっしゃる方がおられましたら、私のブログを遡って頂ければいいのですが、そんな暇人いないでしょうから、先に書いてしまいます。この芝居は4年前にもやっていて、それを見に行っています。理由は知り合いが出ているから。で、今回も出ているので見に行きました。
廃園の秋 : 芝居見てきました・・・「対角線に浮かぶソネット」
前回はこちらです。

で、今回はと言えば・・・もう公演も終わりましたので正直に書きます。

出口なしという状態で皆がどうなっていくか?細菌がバラ撒かれそれによって人が簡単に死んでしまう。どうすれば罹らないか、どうすれば生き抜けるか?!という状況でのお話です。
だからかもしれませんが、セリフの中にふんだんに『希望』と言う言葉が入ります。希望を持つことが如何に素晴らしいかを謳い上げようとします。『希望』のキーワードとして子供の時の遭難騒ぎが出てきます。主人公とその友人達はしつこいぐらいその話をします。
それだけ何回も、時には説明的に、時には情感たっぷりに語られるのですが、全然リアルじゃない。遭難騒ぎもよくわからないし、それによって紡ぎ出されるはずの希望も、TVゲームの中の主人公の話す『希望』より薄っぺらい。そう、ただ『希望』を持とうと連呼するだけなんです。あの時も大丈夫だった、だから『希望』を持とう、と。
まるで聞きたくもないのに、覚えこませるためだけに連呼する、選挙の時のウグイス嬢にも似た感じです。この白々しさを感じさせるのが、この芝居の目的なのかと勘ぐってしまいます。

役者さんはちゃんと芝居をしていたでしょう。多分、キット。
『イラッシャイマセ』と言えば罹らないから、新興宗教よろしく皆で唱和し始める下りや、ワクチンを持って来た人をなじる所、たった1人自死するところなど、見所はチョクチョクありました。しかし、全体を通して語られた『希望』というキーワードはそれらを帳消しにしてしまいました。

何故こうなったのか、それは外部からではわからないでしょう。
ただ観客として率直に申せば、演劇舐めんなよ、と。芝居の内側にいたこともあるので分かりますが、3500円という前売り券はノルマがあったことでしょう。売らないと持ち出しが増えるだけで経済的には厳しいのは分かりますが、ならばなお一層、芝居をみがきあげて、演出も、脚本も磨きあげた素晴らしいものを見せて下さい。もしこれが全力の脚本、演出なのだとしたら・・・私が言うべきではありません、ご本人は分かっている事でしょう。

補足すると、音楽、SEは気になりませんでした。装置はオーソドックス、ライティングも可もなく不可もなくです。
そして今回も感じたのですが、題名と芝居の関連が全くわかりません。開幕と同時に語られる独白に何がしかの意味があったとしても、途中で幻想的な場面があったとしても、なぜ対角線でなぜソネットなのか、結局分かりませんでした。

何か足りないのでしょう。でもそれは私?それとも芝居の方?
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# by zukunashi | 2012-05-15 14:03 | 映画・演劇・音楽 | Trackback | Comments(1)
ザ・シェルター と 寿歌 加藤健一事務所
 芝居に関わることになったのは、先に大学生になっていた姉の影響で、大学1年生の春休み・・・だから、2年生になる直前だったかな?・・・姉の手伝っていた劇団・・・高校演劇部のOBOGの劇団。ちなみに私の母校ではない・・・を手伝ったのが最初です。それまで特に芝居や演劇、舞台にはそんなに興味はありません。しかし、やってみると裏方も結構楽しい。そこの劇団は年1で春休みに公演していたので3回だから、3年ぐらい、手伝っていました。しかし、自分の大学ではSF&Mystery研究会などという同人サークルに入っていて、尚且つ毎夏北海道にバイクツーリングに行って・・・当然のごとく落第、中退となったのですが、それは又いつか書くことでしょう。

 お芝居はその後も手伝ったり、ちょっと役者をやったりとなんかのめり込む直前で足踏みしているような状態のまま、現在に至るのです。今や芝居を見ることばかりで、自分で演ったりする事はもうないです。

 ところで、初めて芝居に触れた頃、姉の本を借りて読んだ中に、北村想という劇作家の本がありました。当時一世を風靡した人の本とも知らずに読んだのですが、とても面白くて一体何でこんなハチャメチャなことを考えられるんだろう、どうしたらこういう思考が出来るんだろう。当時小説なぞ書いていた私は、研究の為に何冊か彼の本を買ってそしてハマったのでした。今でも間違いなく一番影響を受けた劇作家です。

 そんな私にとっては北村想は重要な人ですが、同時に遠い遠い方でした。彼の脚本とかエッセイとか小説は買ったり、借りたりして読みました。北村想の劇襲とか、十一人の少年とか、オウジとか。芝居をビデオで何回か見たことはあります。しかし当時の大学が彼の居る名古屋にも、そして東京にも等間隔で近くない場所にあり、かつ当時の私にとっては芝居を見に行くのがあまり好きじゃなかった(金も無かった)事も相まって、北村想の芝居は一度も見ていませんでした。
実はここまでが前置きです。
 そして今回はじめて北村想の芝居を生で見ました。なのに今回代表作の『ザ・シェルター』と『寿歌』を観て、どんな感想を書けばいいのか、全く分かりませんでした。面白かったし、演技も素晴らしい、演出も卒がない、舞台もわかりやすく、装置音楽大道具小道具衣装・・・すべて良かった・・・?本当だろうか?自分の中で想像して熟成して祭りあげてしまったのか?

 ところで加藤健一事務所のザ・シェルター と 寿歌の公演は千秋楽の幕が下りてから既に2ヶ月が経っています。その間何をしていたかというと、このお芝居についてどう書こうか、それをずっと考えていた気がします。何回も頭の中で牛の胃のように芝居のシーンを反芻してみます。面白い、うん、間違いない・・・でもなぜかハテナ?が付いてきます。何故だろう?結論が出たわけじゃないですが、ずっと貯めておいても何も起きないので、一旦書いてみます。
多分違和感の一番大きなものは…今東日本大震災があり、福島第一原子力発電所が、核災害を起こしている現在だからだと思います。1980年代、このお芝居が書かれた当時は冷戦という時代。核が戦争や紛争という所で…日本ではないどこかで使われるかもしれないというちょっと他人事な感じで、あまりリアルじゃない状況だった時の話です。
1990年頃に両方の台本を読んでいた時、シェルターのホノボノとした終わり方になぜか憤り、救いの無い寿歌に強い共感を感じたのは、自分が当事者じゃなく、テレビで湾岸戦争を見ていたのと同じようにこの台本を読んでいたからでしょう。
そして今寿歌がなんとリアルに感じられることか。当事者であり、傍観者でもあり、加害者の側の場合もあれば被害者の場合もある。しかし生きることで十分。生きて前に進む。ただそれだけの話がカッコイイ。
1990年の若いzukunashiは”救いがない”という事をカッコイイと感じたんですが、2012年のzukunashiは何かにすごく感銘を受けています。何がカッコイイのか?全然分かりませんが、生きていればいつかわかるんじゃないでしょうか。
とまあ、結論がありません。何がカッコイイのかわからないけど、カッコイイなあと思っています。
 寿歌ばかり持ち上げていますが、『ザ・シェルター』の致命的なエラー(コンピュータの誤作動)にも関わらず呑気な雰囲気で進む生活に救われてしまう家族を、いいなぁと感じる人達がもっと増えると、いいなぁ。

 と言う事でこの稿を締めくくらせて頂きます。
# by zukunashi | 2012-05-11 14:19 | 映画・演劇・音楽 | Trackback | Comments(0)
癲癇の発作との関連性って確定しているの?
交通事故:京都・祇園で歩行者列に車 12人負傷、5人心肺停止か- 毎日jp(毎日新聞)という事件が12日に京都市であったのは記憶に新しいところです。上記のリンクがいつまで見れるかはわかりませんが、事件は
『12日午後1時10分ごろ、京都市東山区川端町の四条通の四条大橋東詰めなどの付近3カ所で、車が歩行者を次々にはねた。』交通事故:京都・祇園で歩行者列に車 12人負傷、5人心肺停止か- 毎日jp(毎日新聞)より引用
というものだったようです。
ただちにマスコミは色々な情報を調べたわけですが、なんと事故から50分後には容疑者にてんかんの持病があった事が分かります。左の画像は京都・祇園、車突っ込み8人死亡 歩行者11人負傷、持病と関連か | ちばとぴ ちばの耳より情報満載 千葉日報ウェブより

このあと、容疑者の姉のコメントがマスコミを賑わします。
『 軽ワゴン車を運転していた藤崎容疑者の姉が12日、京都市内の自宅で産経新聞の取材に応じ、藤崎容疑者にてんかんの持病があったと明かした上で「事故を心配していたが止められず、後悔でいっぱい。大勢の方々の命を絶ってしまい、どうおわびしていいか分からない」と語った。』
容疑者の姉「事故を心配していたが止められず」 - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)より引用
『藤崎容疑者の姉は、「弟は車を運転中に発作が起きることはないと自信を持っていたが、結局、こんなことになってしまいました。勤め先も、病気なのに無理やり運転させるようなところではないので、弟の会社への説明が甘かったんだと思います。家族の管理ができておらず、私たちの責任で亡くなった方々にどうおわびしていいのか分かりません」と涙ながらに話していました。』
祇園の事故 “薬飲み続けていた” NHKニュースより引用
容疑者の親族の方はてんかんが原因だったと信じているようです。しかしこういうふうに言うと逆に厳しいのですが、てんかんの発作を起こしたわけじゃないのかもしれません。
『 目撃情報によると、藤崎容疑者は交差点で歩行者をはねる前にタクシーに追突。いったんバックしてタクシーを追い抜き、さらに別の車をかわしながら、一方通行で狭い大和大路通を北上した。交差点付近でクラクションを鳴らし、横断歩道にいた歩行者らをはねたという。
 藤崎容疑者はその後も蛇行を繰り返し、タクシーに追突してから電柱に衝突して止まるまで、大和大路通を約360メートル暴走。車内で口から泡を吹いた状態で発見された。』
時事ドットコム:クラクション鳴らしはねる=死亡容疑者、意識あった?-18人死傷事故・京都府警より引用
容疑者と彼のご家族には申し訳ないですが、てんかんによるものかどうかは分からないです。むしろてんかんは原因じゃないかもしれない。事故のストレスで発作を起こしたかもしれませんが、人をはねてしまった時は発作を起こしていなかった可能性もあります。
また、一部のマスコミはすでにてんかん原因説から法整備などの話にシフトしていますが、勝手に原因を決めつけるのは理性的なやり方とはいえないです。安易にてんかんに対するイメージを悪くさせても何も解決しないですから、まず冷静に事実を見極めませんか?容疑者はたしかにてんかん患者だったでしょうが、今回の事故とてんかんは関係がないかもしれませんよ?

最後になりましたが、事故に遭われ、尊い命を落とされた被害者の方、そして容疑者の方に対し、深く哀悼の意を表します。
# by zukunashi | 2012-04-13 23:15 | 事件・事故 | Trackback(1) | Comments(0)
「内閣府より」という記事をコメント禁止にしました
柴橋佳明さん、ご自分のWebサイト、ブログ、twitterなどでご活躍頂けますようにおねがいいたします。
# by zukunashi | 2012-03-07 11:43 | 小ネタ
久々に映画の日 「ヒューゴの不思議な発明」
本当に久しぶりに映画の日に映画を見に行って来ました。
ほんと、たまたまお休みになったので、今回は奥様推薦『ヒューゴの不思議な発明』 海外サイト 原作者サイトを観に行って参りました。

で、ざっくりとした感想。
イケますね。映画を見て「ほーぉ、そんな歴史が・・・」と感心して、家に帰って調べてみると、実在の人だったと分かりもう一度感心しました。映画の筋は上記のリンクをご参照いただくとして、一体誰が実在していたのかは、映画を見て、そして英語のwikiなども確認すると宜しいかと思います。

スターウォーズを見てSFXの魔力に囚われた映画ファンですが、あまり3D映画は好きじゃありません。その昔紙で出来た変なメガネで鑑賞した「JAWS3」があまりにも3Dを気にし過ぎて、画面からツンツンつつかれる映像が多いし、最後にジョーズが爆破されるシーンでも、いかにも作り物な破片がこちらに向けてばら撒かれるというありきたりな演出にげんなりした覚えがあったからです。
しかし今回の映画は2Dと3Dを選べて、3Dのほうがちょっと高い。たぶん今までなら2Dを選んでいたと思いますが、奥様のおすすめもあって3Dを選びました。

正直な話、3Dでなければいけないシーンはさほどなかったかと思います。それでも、確かに3Dで見たほうが良かったです。その場に居るような臨場感を得ました。

見ていない映画ですが「ALWAYS」も3Dで撮ってみたらどうでしょうかね?

最後にCASTについてですが、主役の少年少女は魅力的で、映画にマッチしていました。イザベルはステレオタイプな文学少女っぷりがちょっとイタかったですが、まだせいぜい10代になったばかりのヒューゴの人生転落っぷりも併せて、リアルでした。脇もベン・キングズレー、サシャ・バロン・コーエン、クリストファー・リー、など豪華かつ重厚。

SFXを期待して見に行ってもそれなりに、映画が好きな人は当たり前に、パリが好きな人は(´-`).。oO(イマイチかも・・・)

とはいえ、今年の初映画は面白かったです。
# by zukunashi | 2012-03-02 00:20 | 映画・演劇・音楽 | Trackback | Comments(2)
十一ぴきのネコ 井上ひさし 長塚圭史 紀伊國屋サザンシアター
十一ぴきのネコをみてきました。

元々アンダーグラウンド演劇から芝居の世界に入り(うちの姉の影響である)新劇や大衆演劇もチョット覗いてみたこともありましたが、ほとんど小劇場、アングラ芝居ばかり観てきました。ですが2012年芝居はじめにうちの奥様が一念発起して高いチケットを取ってくれた芝居が『十一ぴきのネコ』だったのです。
実は初井上ひさし、こまつ座です。
かつては全く興味がない芝居でした。好きとか嫌いではなく、無視していた芝居でした。
年を取ったんでしょうか(笑)まあでも芝居なら何でも好きになって来ましたよ。でも見て面白いかどうかは別ですけれどもね。(ン年前の朗読劇とかは今見てもダメだろうなぁと思いますけどね)

という事で、いそいそと久々の新宿へと参りました。

以下ネタバレもありますので、これから観に行く方はご注意下さい。

まず、サザンシアターでかいっす(笑)そして17番目でしたが、比較的見やすくできていました。
舞台も心持ちせきがわに傾いていて、見やすい舞台になっていましたし、大道具がほぼ無く、下手ソデにピアノが置いてあるだけで、とてもシンプルな舞台でした。

ライトも動いている人をピンで抜くような灯りもありましたが、オーソドックスな構成で見やすかったです。

そしてお芝居ですが、会場前から出演者が客席にウロウロ現れて、お客様とふざけ合う光景がそこかしこで見られ、特にお子様はよくいじられていましたね。場内案内のこまつ座のハッピをきたお姉さんもいじられてました。そんな緩い雰囲気で始まりましたが、台本が古いせいもあって、のっけのシーンを見て、今の子供達に空き地に土管って、わかるのかな?といらぬお節介をしたくなりました。でも、のっけから楽しい演出になっていて、掴みはオーケーです。

このお芝居は全2幕。第1幕目はにゃん太郎と他の10ぴきのねこが出会って旅に出るまでの話。第2幕目は旅に出て大きな湖について大きな魚を捕まえようとする話です。
第1幕では希望を持って旅に出ようとするまでのにゃん太郎の孤軍奮闘がコミカルに演じられ、それ以外の10ぴきのねこが生きる希望を亡くしてもう死んでしまおうかと思っているところから、なんとか頑張って旅にでる気になるまでのあーだこーだすったもんだを、やっぱりコミカルに演じています。
話の中には死んでしまおうとするくだりなんかもあり、子供に大丈夫?と思う場面もありますが、陽気で前向きなにゃん太郎に引っ張られるように元気に出発します・・・その裏では老猫が自らの命をたってしまう寂しいエピソードもありますが。単に前向きで明るいだけじゃないです。一筋縄では行きません。

そして2幕目。旅の途中で案の定腹が減ってフラフラになり、人の畑のものを勝手に食べたり、空元気を出すためにいろいろにゃん太郎が手を変え品を変え皆の気分をノせます。そしてとうとう大きな湖に到着。大きな魚とご対面。今度は大きな魚を捉えるためにいろいろやって、とうとう捕え・・・あとは実際芝居を見てのお楽しみです。

さて、2幕の途中で何故野良猫になったのかが語られます。今回のお芝居は相当古い台本を使ったようで(あとで酒場で聞いた話しでは昭和50年代の初演の台本を使ったそうです)ベトナム戦争の話が出てきました。1幕の最初のシーンでも空き地に土管が置いてある舞台だったり、大きな魚を捕まえるために飛行機で特攻したり、地上のユートピアが出てきたりと時代が古いなぁと感じるシーンが結構出てきます。私の年ならそんなに違和感なく見ていましたが、小学生ぐらいだと、どう思ったんでしょう。意外とそのままサラリと流しているんじゃないかと思います。家に帰ってベトナム戦争をウィキペディアで調べている子がいるかも知れません。もしそうやって調べたら、今から3,40年昔に戻れば今と全く違う日本だった事に気がつくかもしれません。
それも芝居を見る楽しさの一つかもしれませんが、引っかかるものを感じます。やっぱり芝居なんだから、演技で勝負して欲しい、と。
でも実を言えば演技も素晴らしかった。舞台の端から端まで使って跳びまわり、走りまわり猫っぽくでも人間臭く、そしてチョットファンタジー。キャッツのような舞台とも違いますが、ある意味ちゃんとねこが主人公でした。そしてそのねこは飼い主だった人間の影響を受け、本当に人間臭いねこでした。そして、人間臭いねこばかりの中で、ただ一人・・・いや一匹”猫糞のにゃん十一“だけが普通の猫でした。飼い主とも適当に距離をおいてい他半野良だったねこ十一。うちのはメス猫ですが、喋れたらこんなふうかなと思いました。

この芝居は現代文明に対する風刺だとか、社会に対する鋭い警告だとかいろいろ考えさせられる事でしょう。
ですがこの芝居について、最初は動物農場を思い出しました。あそこまであからさまな風刺ではないと思いましたが、確かに風刺っぽく感じるところは多いですね。
しかし、最期のにゃん十一の生き様を見て、なぜか幕末太陽傳の居残り佐平次を思い出します。にゃん十一が歌いながら舞台を去っていった時に、この芝居の面白さを感じました。とは言えきっと独り合点ですけどね。

馬場のぼるさんの絵本もそれは面白いんですが、芝居になった時、こういうふうに出来る井上ひさしは、やっぱりすごい人だったんだと、やっと受け入れることが出来ました。

2012年芝居初めがこれだとすれば、今年の観劇のテーマは・・・食わず嫌い克服・・・かな?でも2月に寿歌が上演されるしなぁ・・・。
# by zukunashi | 2012-01-19 14:59 | 映画・演劇・音楽 | Trackback | Comments(0)
良い結婚式でした
バントさん、オメデトウ\(^o^)/
# by zukunashi | 2012-01-14 20:56 | Trackback | Comments(0)
問題:下記の文章を読んでこの作者が何を言いたかったのか100字以内で述べよ。
NEWSポストセブン|ラジウムの上で50年過ごした世田谷の92才女性 今でも健康体
2011.10.20 07:00

一時は東京の各地に高濃度汚染地があるのではと疑わせる事態にまでなった世田谷の放射能騒動。しかし、福島第一原発によるものではなく、原因はこの家にあったラジウムの瓶だった。
騒動の舞台となった民家は、築60年ほどの木造平屋建て。現在は空き家になっているが、今年2月まで、92才の女性・A子さんがひとりで住んでいた。
「A子さんが引っ越してきたのは、50年ほど前の、昭和35年ごろのことです。瓶自体も同じくらい古いものなので、当時からあったとみられています」(全国紙記者)
ということは、この「放射能おばあさん」、ラジウムの上で50年も生きてきたことになるのだが、放射能の影響は受けなかったのだろうか。
A子さんは、証券会社に勤める夫とともに、この家に引っ越してきたという。現在、彼女は介護老人保健施設に入所しているが、特に病気ということはなく、夫も10年ほど前に亡くなったが、放射能を受けた人がなりやすい白血病やがんが死因ではなかった。夫妻には、2男1女がいるが、その子供たちもここで育った。次男の妻・B子さんがいう。
「お義父さんは、82才のときに老衰で亡くなりました。義母も耳は遠いし、記憶もぼやけていますが、重い病気にはかかっていません」
子供たちがこの世田谷の家を出て久しいが、ときには、庭の手入れや掃除などに来ることもあったという。現在、子供たちは3人とも50~60代だが、「みんな健康体」だという。
「主人も姉も弟も結婚して家を出るまで、その家で過ごしましたが、全員健康でいます。私には娘がいますけど、娘も健康です。放射能がこれだけ騒がれていて、私たちも普段から食べるものとか気をつけていたのに、まさか身近でこんなことが起こるなんて…」(B子さん)
青天の霹靂といった感じだが、ラジウム入りの瓶が発見された場所は、A子さんの寝室だった。
「和室で畳の部屋なのですが、義母はベッドを置いてそこで寝ていたんです。ちょうどベッドの斜め下あたりが床下収納になっていたんですね。誰も触らないし、そんなモノがはいっていたこともまったく知らなかったようです」(B子さん)
つまり、A子さんはラジウム入り瓶の木箱のすぐ上で毎日寝起きをしていたのだ。計測された放射線量から推測すると、A子さんは1年間で30ミリシーベルト近く外部被曝していた計算になるという。これは震災後、国が計画的避難区域の基準とした20ミリシーベルトを上回っている。
この家に50年間住んでいたということは、単純計算すると、これまでに浴びた総被曝量は1500ミリシーベルトにもなる。放射性物質に詳しい中部大学教授の武田邦彦氏によると、実際にこれだけの量を被曝しているならば、「白血病になってもおかしくない」という。だが、それでもA子さんは90才を超えたいまも健康体。
「外部被曝のみをしていたと考えられます。確かに高濃度ではありますが、1年30ミリシーベルトといった放射能の影響を示す数値は、あくまで目安です。健康被害を受けない人もいるということなんです」(武田氏)

※女性セブン2011年11月3日号

答え…
# by zukunashi | 2011-10-21 19:25 | 事件・事故 | Trackback | Comments(1)
【チョットネタバレ有り!注意!!】ジャングルべル・シアター ギャラリー公演「続々おとぎ夜話 寿」
又々芝居を見に行って来ました。芸術の秋、アートの秋ですね。

今回見に行ってきた場所は、ギャラリー公演となっているとおり、非常に狭い劇場での公演でした。
劇場はアートスポットLADOと言う所で、今年第1回神保町演劇フェスティバルを行い演劇でも神保町を発信しようという、非常にこの先楽しみな芝居小屋なんですが・・・リンクが切れています・・・orz。ドメイン維持の料金を払っていなかったのでしょうか?チョット残念です。(追記:現在はリンク先が復活しています。何があったのかはわかりませんが。10/25)

さて、ウェブページがなくても劇場があれば問題はありません。先程も書きましたとおりちょっと狭いです。間口一間半奥行きも同じぐらいでしょうか。観客席は40人入れば一杯なぐらいでしょうか。そんなコンパクトな舞台の中程には二段のひな壇…一段が50センチ程…が鎮座しています。そのひな壇を青い布が覆い、そのまま客席直前まで延びています。舞台装置はこれだけです。
上を見上げると照明は普通のハロゲンランプだけで、色も特についていない普通の黄色っぽい灯りだけです。
音響も天井に付いているステレオスピーカーだけなのでしょう。

さて、今回見に行った芝居は、よく見に行っている演劇集団ふれる~じゅ演劇集団ふれる~じゅ 20周年記念本公演『Triangle』にも出ていた、神田英樹、西村太一さんが所属している劇団で、今回はその縁で見に行くことにしました。
と、ここで私事ですが、劇場に着いた時、トランスコスモスの派遣仲間とばったり出会いました。同じ会社に派遣されて机を並べてテクニカルサポートをした仲です。こう言っちゃあナンですが、性格的に向いてないんじゃないか?と思ったこともあったんですが、今でも違う会社でテレサポをしているようです。この劇団の芝居を見に来ればまたいつかばったり会うことでしょう。
会場では出演者がそのまま会場整理をしていたり、適当に前説を言ったりとユルーイ雰囲気です。私達が着いたときには、もう残りの席が10もなく、前売り買ってよかったァ、という状態でした。当日は席が空いていれば入れますよ、というようで、入り口の所で6人ぐらいが待っていました。結構人気ありますね。

しばらくすると舞台のライトが付いて、前が明るくなります。そうすると今回の作/演出の浅野泰徳が出てきて、今回の芝居の簡単な解説をし始めます。お話は民俗学を元にした謎解きものです。と言うことです。

この芝居は1幕3場で、主人公の川端諸子がバイト先にあった石像(七福神の福禄寿と寿老人)の謎を解く(なんでこんな所にある?誰が作った?等々)というお話です。

久々に爽快な芝居でした。二つの話が最後の話で一つになり、キッチリ落ちる。唯これだけの事なんですが、破綻すること無く、キッチリ勘所を押さえ、そしてナニヨリ謎を余す所なく解き明かしてくれました。役者さんの台詞のテンポもよく、役者さんの動きにもキレがあり、表情も抜けていません。

気になったことがあるとすれば、小道具を全く使わないため、何気なく水を飲むとか、船が揺れる、持ち上げる、下ろすなどすべてが仕草だけです。チョット雑なところもありました。あと下に敷いた布が滑るために、演り辛そうな箇所も見受けられましたが、大きく影響されることはありませんでした。

芝居の最期の所で、キク役の松宮かんなさんがふいに涙を流す場面がありました。これは計算してされたことではないでしょう。役にハマり感極まってしまったのだと思います。彼女は舞台中央のひな壇に静かに座って、川端諸子とその先輩の最期の謎解きを聞いている場面でした。最前列の私の背後からもすすり泣く声が聞こえます。
その直前の過去の回想シーンで三人の役者さん(浅野泰徳、福津屋兼蔵、松宮かんな)の目は赤く、涙をたたえ感情が高ぶるのを抑えながら演技をしていました。もしかするとそれは、役に入り込み過ぎた感傷的な演技だったかもしれません。しかし、次のシーンで川端諸子に過去のいきさつを解き明かされ、その時の想いが川端諸子やバイト先の店長などに伝わった!と瞬時にわかるキクの涙でした。それは計算できない舞台の魔力です。


ところで残念な話、13(木)から19(水)まで毎日公演があるのですが、全て完売しているそうです。
ちょっとだけ当日券が出るという話。もしお暇なら、芸術の秋、食欲の秋を充実させてみてはいかがでしょう。神保町界隈は美味しい呑み屋も沢山ありますからね。

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# by zukunashi | 2011-10-14 15:27 | 映画・演劇・音楽 | Trackback | Comments(0)


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